Guareschi, Don Camillo:MONDO PICCOLO 10. Spedizione Punitiva ドン・カミッロ 第10話 懲罰的行動



 久々の更新となる絶賛不人気記事、連続翻訳もの『ドン・カミッロ』シリーズ。



 戦後まもないイタリアを舞台にした、新感覚おっさん宗教ファンタジー愛国的共産主義市長ペッポーネと、わがまま短気品行下劣神父ドン・カミッロが繰り広げる、ひらがな四文字タイトル系日常ドラマですよ! なお、女の子は出てきません。



 過去話は→のcamilloリンクからどうぞ。



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 街の広場に日雇い人夫たちが集まり、騒動を起こす相談をしていた。というのも、彼らは公共事業を求めていたのだが、あいにく役場にはお金がなかったのだ。すると、ペッポーネ市長が役場のバルコニーに現れ、それについては考えがあるから、まあ落ち着けと大声で語った。


 「車ででもバイクででもトラックででも、荷馬車ででもいいから、とにかく一時間以内に全員をここに連れて来い!」 彼のオフィスにいた組合長にペッポーネは命じた。


 結局、実際には三時間がかかったのだが、最も裕福な地主たちと、市の土地を借り受けて商売している人々の全員が会議室にかき集められ、青ざめて困惑した面持ちでざわめいていた。



 ペッポーネは手短にすませた。


 「俺は手段を選ばないぞ。あの腹をすかせた連中は、綺麗な言葉ではなく、パンが欲しいんだ。時に、君らは1ヘクタールあたり数千リラ以上の儲けを出している。こんな場合には、彼らに公共のための仕事を与えてやるものだろう。さもなければ、俺は市長として、いや労働者たちの長として、この件からすっぱり手を引くからな。」


 ブルスコ*1はバルコニーから顔を出し、人夫たちに市長の話したことがらを説明した。それから、地主たちの返答も伝えたので、人夫たちは凄まじい叫び声で答え、会議室の”搾取者”たちはおおいに肝を冷やした。



 議論が終わるまでそう長くはかからなかった。過半数がヘクタールに応じた"自発的な寄付"の取り決めに応じ、この分であれば全員が署名せずにはいられないであろうかに見えたのだが、カンポルンゴの借地人であるヴェローラ老の番になったとき、この状況は突然中断した。


 「たとえお前たちがワシをぶっころそうとも、こんなもんにサインはせん。」 ヴェローラ老は続けた。「もしそういう法律があれば払ってもよい。が、そうでもないのに金なぞやらんわ。」


 「直接あんたのところへ受けとりに行かせて貰うことになるぞ。」 ブルスコは凄んだ。


 「結構、結構。」 ヴェローラ老は呟いた。彼のところ、すなわちカンポルンゴに住む、彼の息子たち、息子たちの息子たち、彼の娘たちの夫たち、そして甥たちを動員すれば、ざっと15挺ほどの狙いの優れた小銃が集まるのだ。「結構、おおいに結構。うちまでの道はご存じだろうとも。」


 既に署名を終えた人々は怒りに手を振るわせていたし、一方、まだサインをしていなかった人々は、「ヴェローラが署名に応じないなら、我々もしないぞ」と言った。


 ブルスコがこのことを広場の連中に伝えたので、広場の連中はヴェローラをここへ突き落とせ、さもなければこっちから登っていって奴を引っ張り出すと騒ぎ立てた。しかし、ペッポーネはバルコニーに立ち、馬鹿なまねはよせと告げた。


 「既に集めた金が、無事に二ヶ月は暮らせるだけはある。それに、これまで行ってきた通り、我々は法を逸脱することなしに、かならずヴェローラ氏や他の支払い拒否者たちを説得する方法を見つけようとも。」


 すべては順調に進み、ペッポーネ自らヴェローラを説得するために自動車で同行することになった。しかし、彼から返って来た答えは、カンポルンゴの小橋で下車する時の一言だけだった。

 「70代の人間にとって、恐いものは一つしかない。つまり、まだ生き続けなければならぬという事実だ。」



 しかし、一ヶ月が経っても状況はまったく変わらなかったので、人夫たちはいっそ怒り猛っていた。そんなわけで、ある夜、事件が起こった。


 ドン・カミッロは朝早くに知らせをうけ、自転車に飛び乗り、カンポルンゴに向かった。彼が見たのは、ヴェローラ一族が畑に居並び、腕を組んで、まるで石のように押し黙ったまま、地面を見つめている姿だった。


 さらに近づいたドン・カミッロは息をのんだ。ブドウ畑の半分が根元から切り倒され、雑草の中にうち捨てられた今年の若枝が、まるで小さな黒ヘビのように見えた。そして、はたのニレの木には、「初回通告」と書かれた紙が打ち付けられていた。



 農民にとっては、ブドウ畑を失うくらいなら、片足を失う方がまだましなのだ。ドン・カミッロはまるで畑半分分の殺人現場を見たかのように恐れおののいて家に戻った。


 「イエス様。」 彼はキリストに話しかけた。「今となっては、するべきことは一つしかありません。下手人連中を見つけ出し、全員縛り首にすることです。」


 「ドン・カミッロ。」 キリストはドン・カミッロの言葉に答えた。「すこし訊きたいのだが。もし頭が痛むとして、お前は、その痛みを止めるために、頭を切り落とすかね?」


 「しかし、毒蛇は踏みつぶされるものです!」 ドン・カミッロは叫んだ。


 「私の父は、世界を創造した時、動物と人間の間に厳密な区別を与えた。つまり、人間というカテゴリに含まれるものどもは、彼らがどんなことをしでかしたとしても常に人間であって、ゆえに、いつでも人間として扱われなければならない。そうでもなければ、わたしを十字架にかけて地上に降り、人間を罪からあがなったりせず、いっそ絶滅させたほうがずっとシンプルではなかっただろうか?」



 同日、日曜日の教会で、ドン・カミッロは件の殺戮されたブドウ畑について、まるで彼の父親の畑が被害を受けたかのような切実さで、実際、彼の父親は農民だったのだが、語った。


 実に感動的であり、叙情的な雰囲気さえ漂っていたのだが、シンパに取り巻かれたペッポーネを見つけるやいなや、彼は当てこすりを言い始めたのだった。


 「太陽を天高く、手の届かないところに配置した、永遠なる神に感謝しましょう。もしもそうでなかったら、政治的意見の対立するサングラス屋への嫌がらせなんかのために、お日様は既に誰かに消されてしまっていたかもしれません。皆さん、しっかり聞いて下さい。真の分別を備えているという、みなさんの指導者たちの言葉を。彼らは、あくどく稼ぐ靴下屋を懲らしめるために、みなさんはそれぞれ自分の足を切り落とすように、などと指導してくれるでしょう。」


 ドン・カミッロは、まるで、ただペッポーネのための説教であるかのように、ずっと彼を見つめながら語り続けたのだった。



 夜分、明かりを落とした司祭館にペッポーネが現れた。


 「あなたは今朝、俺のことを言ってらしたんですか?」


 「私は単に、ある種の理屈を頭に抱えている人々のことを連想しただけだよ。」 ドン・カミッロは答えた。


 ペッポーネは拳を握りしめた。「ドン・カミッロ、あなたはもしや、ヴェローラ氏のブドウ畑を切りに行かせたのは俺だ、なんて思ってるんじゃないでしょうな?」

 ドン・カミッロは頭を振った。


 「思ってないとも。君は暴力的ではあるけれども、悪党ではないからね。ただし、君の存在が、ある種の人々にむちゃくちゃをさせるのだ。」


 「俺はやめさせようとしたんだ。でも、連中は聞かずに飛び出してしまって・・・。」


 ドン・カミッロは椅子から立ち上がり、のしのし歩くと、ペッポーネの前に両足を広げて立ちはだかった。


 「ペッポーネ。君はブドウ畑を切ったのは誰だか知っているね!」


 「何も知らないぞ!」 ペッポーネは大声で抗議した。


 「君は誰が犯人であるか分かっている。ゆえに、もし君があのごろつき共の、あるいは大馬鹿どもの一味に成り果てたのでないなら、君の義務は下手人たちを告発することであることも当然分かっているはずだ。」


 「俺は何も知らないんだ!」 ペッポーネはなおも主張した。


 「道徳上の問題だけでなく、切り捨てられた30のブドウ畑の生み出すはずだった収穫という物理的被害のためにも、君は話さなければならない。さらに、これはある組織にとって、崩壊の瀬戸際の状況でもあるのだ。今すぐ止めさせなければ、明日にも君の組織はダメになるだろう。君がすべて知っていながら介入しないのは、干し草小屋に火の気があるのを見たのに、消そうとしない男のようなものだ。まもなく、家全体がダメになるだろう。すべて君のせいでね! いや、誰のせいでもなく、あいにくだが、火の気はもう投げられたのだ。」


 「あなたが俺の首をはねようと、何も話すことはない! 俺の党には紳士しかいないんだ。三人の悪党を除いて・・・」


 「よく分かった。」 ドン・カミッロは遮った。「もし明日も似たような事件が起これば、君のいう紳士連中もいよいよ攻撃的に、厚かましくなって、事件は手が付けられなくなるだろう。」


 ドン・カミッロは長いこと、行きつ戻りつしながら熟慮していたが、ついに立ち止まった。


 「少なくとも、件の悪党たちは罰せられるに値すると認めるかね? 彼らが犯した犯罪がさらに繰り返されずにすむよう、何らかの手立てがとられるべきだと同意できるかね?」


 「それを認めないとしたら、俺はただの薄汚いブタだ。」


 「よろしい。」 ドン・カミッロは議論を締めくくった。「ちょっと待っておいてくれ。」



 二十分後、ドン・カミッロは猟師の着るファスチアン織の服を身にまとい、長靴とベレー帽の姿で現れた。


 「じゃあ行こう。」 彼はマントを羽織りながら言った。


 「行こうって、どこへ?」


 「三人の悪党とかいう連中の、一人目の家へ。歩きながら説明する。」



 その夜は真っ暗で風の強い晩であり、街路には人っ子一人見あたらなかった。ある一軒家近くまで来ると、ドン・カミッロは大きなスカーフで目元まで覆面をし、溝に隠れた。ペッポーネはさらに進み、呼び鈴を押し、家に入り、少しして、一人の男と連れだって現れた。タイミングを見計らい、ドン・カミッロは溝から飛び出した。


 「手を上げろ」 軽機関銃を突き付けながら*2、ドン・カミッロは言った。二人の男は手を上げた。ドン・カミッロは懐中電灯の明かりで二人の顔を照らした。


 「おまえは振り向かずに立ち去れ。」 彼はペッポーネに向かってそう言ったので、ペッポーネはそのまま姿を消した。


 ドン・カミッロはもう一人の男をある畑の中まで歩かせると、うつぶせに地面に伏せさせ、左手に軽機関銃を携えながら、右手で彼の尻を10回、カバみたいな色になるくらいにひっぱたいた。


 「これは初回通告だ。わかったか?」


 男は頭を動かして了解の意を示した。


 ドン・カミッロは待ち合わせ場所で待っていたペッポーネと合流した。



 二人目を罠にかけるのは、一人目よりもずっと簡単だった。というのも、ドン・カミッロとペッポーネが焼き釜小屋の影に隠れながら、おびき出し作戦について相談しているところへ、件の二人目が水を汲むために外出してきたのだ。ドン・カミッロは鳥のように飛び出して、彼を捕らえてしまった。二人目の男にも一人目同様の初回通告が与えられ、一人目同様の返事が返された。


 心を込めて叩きまくったせいでジンジンと腕を痺れさせながら、ドン・カミッロはペッポーネと一緒に自動車に座り、トスカーノタバコを半分吸った。


 それから、やる気を取り戻し、タバコを道ばたの木にこすりつけて消した。


 「さて、今度は三人目の番だ。」 ドン・カミッロは立ち上がりながら言った。


 「俺がその三人目なんだ。」 ペッポーネが答えた。


 ドン・カミッロは息をのんだ。


 「君が三人目だと?」 彼は何とか言葉を続けた。「いったいなぜ?」


 「神様とコネのあるあんたが知らないとしたら、どうして俺が知ってると思うんだ?」 ペッポーネは叫んだ。


 それから外套を脱ぎ捨てると、両手につばを吐いて、怒りにまかせて丸太を掴んだ。


 「殴ってこいクソ坊主!」 彼は歯ぎしりしながらなおも叫んだ。「そっちが殴って来なければ、俺から殴るぞ!」


 ドン・カミッロは頭を振ると、何も言わずにその場を離れた。



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 「イエス様」 ドン・カミッロはうちひしがれた有様で、祭壇の前で言った。「全く想像もしませんでした。まさかペッポーネが・・・」


 「ドン・カミッロ。お前が今夜したことは、実際身の毛のよだつようなことだ。」 キリストは彼の話を遮って言った。「わたしは、わたしの聖職者が懲罰的な行動を行うことを認めてはいない。」


 「イエス様、あなたの恥ずべき息子をお許し下さい。」 ドン・カミッロはなんとか答えた。「神殿を汚す商人たちをあなたが叩き出した時、天なる神があなたを許したように、私を許してください。」*3


 「ドン・カミッロ。」 キリストは澄み渡った声で語った。「どうかファシスト党員の過去をとがめないで欲しいのだ!」*4


 ドン・カミッロはしょんぼりとして、誰もいない教会へ向かった。彼はいらだち、屈辱的な思いであった。ペッポーネがブドウ畑を切り倒したことは、今でも納得がいかなかった。


 「ドン・カミッロ。」 キリストが彼に呼びかけた。「どうしてがっかりしているのだ? ペッポーネは告白し、痛悔した。彼の罪を許さないなら、悪いのはおまえだ。ドン・カミッロ。おまえの責務を果たしなさい。」




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 ドン・カミッロがやってきた時、ペッポーネは誰もいない作業場にただ一人で、トラックのボンネットに頭を突っ込みながら、乱暴にボルトを締めていた。ペッポーネはエンジンの上に体を預けて潜り込んでいたので、ドン・カミッロは彼の腰を10発、思い切りひっぱたいた。


 「Ego te absolvo.」*5 足蹴を一発おまけにくれながら、ドン・カミッロは言った。「こうやっておけば、私にクソ坊主とか言えばどうなるか、君にもよく分かるだろう。」


 「今度お返しをさせていただきます。」 歯を食い閉めながら、しかし頭はトラックのボンネットに突っ込んだままで、ペッポーネは言った。


 「神の御心のままに。」 ドン・カミッロは呟いた。



 その夜、ドン・カミッロの夢は、彼が革ムチを遠くに投げすてながら立ち去る場面から始まった。革ムチは地面に深く突き刺さり、すぐに芽を出し、花とブドウの葉を広げ、まもなく、金色のブドウの房を実らせるのだった。





【あとがき】
 キリストが「人間が特別でないならいっそ滅ぼしたほうがまし」と言っていたり、一方で、ドン・カミッロがキリストの過去の悪行をあげつらっていたり、なんだか異様な雰囲気の漂う回です。


 農夫を父に持つドン・カミッロには、ペッポーネと一味の行ったブドウへの攻撃はとうてい許しがたいものでした。


 加えて、心の底では彼という男の立派さを認め、尊敬さえしているペッポーネが、まさかこんな乱暴なことをするとは思いもしなかったため、怒りだけでなく、ショックを受けてしまった、という有様。


 しかし、聖職者として彼を許さざるを得ないところもあり、納得はいかないものの立場上許した、みたいな、若干の後腐れを感じる話。


 ペッポーネの方も、おそらく、ドン・カミッロのミサでの説教により、自分のしでかしたことの重大さを自覚し、しまったとは思ったものの、立場もあり、素直に認めるわけにも行かず、大の大人二人して、泣きながら殴り合うような見苦しい状態。なんとも締まらない結末となりました。


 「神の御心のままに」の原文は「L'avvenir e' nelle mani di Dio」で、直訳すると「未来は神の手の中に」になります。なんだか綺麗な言葉ですね。

*1:いつもペッポーネ市長の脇に立って凄みをきかせている大男。「乱暴もの」程度の意味のあだ名。

*2:訳注:もともとはペッポーネの持ち物。以前、ドン・カミッロは彼を小川に突き落とし、彼から軽機関銃を奪った。

*3:訳注:マタイ伝21章に記載されている、神殿から商人を追い払うシーンを引用して、キリストだって昔は相当やったじゃないかと当てこすりを行っている。

*4:訳注:自らの神殿での一件も含め、さまざまな組織的暴力を振るった過去のキリスト教ファシスト党になぞらえての反省か?

*5:ラテン語で「私はおまえを許す。」 罪の告白を受けいれ、赦しを与えるのが司祭の役割である反面、ドン・カミッロはやはり、ペッポーネのやったことに腹を立てていたので、学のない彼には分からないように、この言葉を用いたと思われる。