リコール

 僕が初めて彼女に出会ったのは、某斜陽産業の若手育成コース開校式で、壇上も壇下も男しかいない教室に、一人だけ、ゆるくウェーブのかかった、若干色の落ち気味の、ゴムで後ろに手軽にまとめた茶髪が目立っていた。


 人によって、見る角度によっては美人だなあと思わなくもない横顔に、どこか眠そうな表情をたたえて静かに着席する彼女は、式辞と名簿から判断するに、どうやら半期前の入校で、今日はもっぱら自らのコース終了式のためにここにいるらしかった。


 関係者の祝辞が次々読み上げられているだけで午前の予定は終了し、お昼をおにぎり2つで済ました僕は、車内に置いたタバコを回収するため駐車場へ向かったのだが、なぜか彼女は、僕の車の真横に停められた軽トラの荷台に寝転がっていた。


 七月の、夏のはしくれの陽光に目を細めて、作業着の袖をまくりもせずに、キャビンにもたれて、カバーのかかった文庫本を読んでいる彼女は、少し格好良くもあったものの、だいぶ痛そうでもあり、僕はなんとなく、声もかけずに教室へ戻った。そして、五分も待たず、彼女も教室に戻っていた。



 あのとき彼女は教室の男だらけの人混みに若干気分を悪くして、駐車場なら人も少なかろうと、三浦綾子の氷点を抱えて社用の軽トラの荷台に登ったらしい。思ったより人の往来があるのと、日差しが強すぎたのとで、これは失敗だとわかったから、教室に戻ったのだと、あとで話してくれた。



 当然といえば当然なのだけれど、彼女の存在は界隈でそれなりに有名だったらしい。何せ男しかいない業界なのだ。会社に戻っても、昨年講習に参加したI君が「そういえば女の子いませんでしたか」と訊いてくるくらいに。


 なんでも、彼が在席していたコースでも、彼女の登場は一種のざわめきを生じさせたらしく、年上の同期からメルアドを交換してくれるように焚きつけられて聞いてみたら、驚くほどあっさり教えてくれたのだが、その後メールは続いていないとのことだった。


 それじゃあ、今度会った時に、I君がメールの返事欲しがってるって伝えとくよ、と冗談で言ってみたら、案外まんざらでもなさそうだったので、彼は今彼女がいないとも聞くし、これはひょっとして、一言くらい伝える価値はあるかもしれないと、僕は思った。



 そんなわけで、8月の終わり、僕がはじめて彼女に声をかけたのは、そんなどうしようもない内容だった。