Guareschi, Don Camillo:MONDO PICCOLO 4.INSEGUIMENTO

ドン・カミッロ 第四話:追跡

 ある日の説教の最中、地域背景についての段で、ドン・カミッロが”あの男”への悪口に少々脱線し過ぎた結果、鐘突き係がいったい誰なのかさえ忘れられていた教会の鐘にまつわる大惨事が起こった。

 一人の呪われた魂が、鐘突き棒にかんしゃく玉を仕込んだのである。損害は一切なかったものの、それらの炸裂する騒がしさといったら、住民たちの心胆を寒からしめるに十分なものだった。

 ドン・カミッロは口をつぐんでいた。参加者が会堂を埋め尽くした夜のミサは完全な静寂のうちに行われた。誰一人欠席しなかったし、勿論”あの男”も来ていた。ペッポーネがのうのうと最前列に腰掛けている一方、住民は激高を押さえきれない顔もちで居並び、街一番の聖人の爆発に期待していた。ところがドン・カミッロが件の事件に関してそしらぬ顔を貫くもので、皆がっかりして帰宅することになった。

 ドン・カミッロは教会の扉を閉め、マントを身につけて、祭壇の前で退出前の軽いお辞儀をした。

 「ドン・カミッロ。それを置いていきなさい」 十字架の上のキリストが言った。

 「なんのことでしょう」 ドン・カミッロは抗議した。

 「それを置いて行くのだ!」

 ドン・カミッロは先ほど、祭壇の前に並べてある柵の一本を取り、マントの下に隠し持っていたのだった。

 「醜い行為だ、ドン・カミッロ」

 「イエス様。これはカシの木ではありません。ポプラです。とても軽く、曲がりやすい素材で・・・」 ドン・カミッロは弁明を試みた。

 「布団に入るのだ、ドン・カミッロ。そして、ペッポーネに関してはもう忘れるがいい」

 ドン・カミッロは両腕を広げ、それから大いに憤慨しながらも自室に戻り、布団に潜った。そんなわけで次の夜遅く、ペッポーネの妻が彼の前に現れた時、ドン・カミッロはまるで足元でかんしゃく玉が破裂したかのようにピョンと跳ねてみせた。

 「ドン・カミッロ・・・」と彼女は焦るように話し始めたが、ドン・カミッロはそれを遮った。

 「立ち去れ、不敬の輩よ!」

 「ドン・カミッロ! 馬鹿なことを言うのは止めてください。カステリーノにあの、昔ペッポーネを殴り殺そうとした男がいるんです。ちょうど釈放されたところで・・・」

 ドン・カミッロは葉巻に火を付けた。「しかし同志よ、なぜそれを私に? 恩赦を出したのは私ではないし、そもそもそれがどうして問題なんだね」

 彼女は叫び始めた。「なぜって、ペッポーネは仲間からその話を聞かされると、まるで悪人みたいな様子でカステリーノに出掛けてしまったんです! 軽機関銃を抱えて!」

 「ああなるほど、やっぱり君たちは武器を隠し持っているわけか」

 「ドン・カミッロ、政治的信条の話は止してください! ペッポーネがあの男を殺してしまうことがお分かりにならないんですか? もしあなたが何とかしてくれなければ、大変なことになります!」

 ドン・カミッロは不誠実そうに笑った。

 「普段からこんなことばかりしてるから、鐘に爆発物を仕込むやり方も知っているわけだ。彼に牢屋で会うのが今から楽しみでならないよ。さあ、この家から出て行け!」

 三分後、腰に僧服を結わえたドン・カミッロは、寺男の息子に借りたWolsit社製競技用モペットに跨って、必死の形相でカステリーノへの道をひた走っていた。

 素晴らしい月の夜だった。カステリーノまであと4キロのところで、ドン・カミッロはフォッソーネ川にかかる小橋の欄干に腰掛ける一人の人影を見つけた。夜旅は慎重を心がけなければならないので、ドン・カミッロはスピードを落とし、橋まで十数メートルのところでモペットを止めると、ポケットの中に入っていた適当なオモチャを手に握った。

 「若い衆」 ドン・カミッロは尋ねた。「自転車に乗った大男が、カステリーノに向かうのを見なかったかね」

 「見なかったよ、ドン・カミッロ」と男は答えた。

 ドン・カミッロは歩み寄り、尋ねた。

 「もうカステリーノに行ってきたのか?」

 「いや、さっき考え直したんだ。割りに合わないってね。さてはうちの家内がお騒がせしたかな?」

 「お騒がせ? なんのことだね。これはちょっとした夜の散歩だから」

 「だって! いったい何があったら司祭が競技用モペットでかっ飛ぶっていうんだい!」

 ゲラゲラ笑うペッポーネの横に、ドン・カミッロは腰掛けた。

 「息子よ、この世界で起こる様々な出来事について、君はもっと経験を詰まないといけない」


        *        *        *


 小一時間のち、帰宅したドン・カミッロは、キリストとの癒着を深めるために聖堂に行った。

 「何もかも、うまく収まりました。あなたの仰っていたとおりに」

 「よくやった、ドン・カミッロ。しかし、ちょっと聞きたいのだが、彼の足を掴んで小川に投げ込むことまで、私は提案していたかな」

 ドン・カミッロは両手を広げた。 

 「まったく覚えておりません。とにかく事実はこうです。彼は競技用バイクに乗った司祭をあまり見たくないようだったもので、もう見なくて済むようにしてあげました」

 「それはとても親切な思いつきだったな、ドン・カミッロ」 キリストはとても厳かに頷いた。

 夜明け頃になって、ずぶ濡れのペッポーネが司祭館の玄関に顔を出した。雨かね、と尋ねるドン・カミッロに、霧のせいだと彼は歯を食いしばって答えた。

 「私の自転車を持っていって良いですかね」

 「もちろん、それは君の自転車だ」

 ペッポーネはしげしげと自転車を見てから言った。

 「・・・ひょっとして、あるいはフレームに軽機関銃が結わえてあったりはしませんでしたか」

 ドン・カミッロはとても良い笑顔で微笑みながら、両手を広げて言った。

 「軽機関銃? なんのことだね?」

 「俺は」と、ペッポーネは扉をまたぎながら言った。

 「人生でたった一つあやまちを犯した。あの鐘突き棒には、かんしゃく玉ではなく、500キロのダイナマイトを仕込んでおくべきだった」

 「人は過ちを犯すものです」 ドン・カミッロはしかめつらしく述べた。



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解説と訳注
 最終行の台詞の原文はラテン語で Errare humanum est. そのまま訳せば「過ちは人間的である」くらいでしょうか。ドン・カミッロはこっそりインテリで鬱陶しい。珍しくペッポーネの側から殴りかかる展開でしたが、いつもの通りキリストにえこひいきされているドン・カミッロが勝利を収めました。

 ドン・カミッロがペッポーネの妻に「やっぱり武器を隠し持っていたのか」という下りについては、恐らく説明は不要だとは思いますが、当時のイタリアでも日本同様、左派過激派は武装しているともっぱらの話題だったようです。ちなみに南米では有名な戦う司祭たち、解放の神学という一派が武装して左派ゲリラに身を投じたという歴史もあります。もちろんローマ司教座はこの行為を認めていません。

 若い衆、と訳しましたが、原文ではGiovanotto。主に年配の片から若者への呼びかけに使われます。トリノの駅でプラットフォームを歩いていたところ、小さなお孫さんを二人連れたお婆さんに「Giovanotto, prendete su sta per favore(若いの、この鞄を列車に乗せてくださいな)」と呼びかけられたのが印象的でした。

 Wolsit社製競技用モペット、に関しては情報がさっぱりなかったため、とりあえずモペットにしておきました。原動機付き自転車であることは間違いなさそうなのですが、社名の読み方さえ僕にはよく分かりません。誰か教えてください。

 そうそう、ドン・カミッロからペッポーネへの「息子よ」という語りかけは、司祭が信者の霊的父親として語りかける風味のものであって、隠し設定が明らかにされた、というものではありませんのでご注意下さい。