はじめてのイタリア語

はじめてのイタリア語 (講談社現代新書)


話が少しそれますが、フィレンツェなまりとして有名な言い方に、本来ならカ行を表すcやchの字が母音にはさまれている時はハ行で言うというものがあります。たとえば、単にcasaなら「カーサ」のままですが、冠詞を付けたuna casaは「ウナハーサ」となり、una coca cola(コカコーラ一杯)なら「ウナホハホーラ」と言うのです。実際喫茶店で「ウナホハホーラ」と言うとコーラが出てきます。


文字通り”はじめての人”がいきなり手にとって、この本を文庫として読み進もうとしたならば、なんだこれはと思うこと請け合いである。タイトルもそうだし、巻頭の挨拶、第一章までいかにもお気楽な、しかもちょっととぼけた感じの読み物として書き進めた著者は、その後いきなり真面目に文法を解説し始めるのだ。結局七章あたりまでこのプチ文法書は高レートで圧縮された文法的講義を続け、その後あっさり、またお気楽な読み物に戻る――つまり上記の引用のようなテンションに。本当になんなのだこれは?

その問いに答えるなら、イタリア語なんてのは、この本が数章かけて紹介する程度の文法的知識さえあれば、とりあえずなんとかなるというのが著者の主張なのである。とは言うものの、文法と言うものは読んで身に付くものではない(少なくとも凡人である私にとっては)から、この本の文法セクションは一種のおさらいと考えて良い。ゆえにこの本の正しい読み方は以下の通り。まずさらりと読み始め、文法説明のくだりはことに執着なく読み進め、そのうちきっとイタリア文法を真面目に勉強したくなるので、その時点でこの本をさっと横に投げ出す…。

そうしてめでたく初級文法書を一冊終わらせた時点で、あらためてこの本を手にとって、読み直すと良い。以前理解できた部分がより深く理解できるようになり、鬱陶しいだけだった文法説明の数章は、実に楽しい読み物となる。どんな言語でもそうだと思うが、文法を一通り学んだ後は、体系立てたおさらいが不可欠だ。さもなければ半過去と未来形の活用をごっちゃにしたりするわけである。また概念的に理解しにくい文法というものもあり、例えば接続法なんていうものはとりあえず知らなくても死なない。この本はその辺りの見極めを付けさせてくれる。

だから何というか、これはやっぱり、本当に”はじめての人”向けに書かれた本なのだ。はじめての人が読んでも解らない――しかし全く解らないわけではない――というところにこそ、本書の意味がある。初体験の人はもちろん、ロマンス語の既習者、またはかつてイタリア語を投げ出した経験のある人に、強くお薦めしたい。この本を手にとって興味を持てば、濃密なイタリア語の世界はあなたのもの。それでも興味が湧かないのであれば、そもそもイタリア語の勉強は続くまい。名著、という言葉が適切かどうかはわからないが、私はこの本を名著だと思う。


(11/50)