全て遠きレインボーオワタ
劣化レインボーオワタ:五色ののワ。レインボーオワタが見あたらなかったのででっち上げた。後二色の壁は厚い。
レインボーオワタをご存じの方はおられるだろうか。かつてニコニコ動画に花を添えていたコメントアート(CA)、その精華の一つである。それぞれに速度の違う、色とりどりの\(^o^)/が高速で画面右端から飛来し、一瞬クロスしてから弾けるように広がって左端に消えていく。このCAを僕が最後に見たのは、08年6月に削除された影山Pの団結においてであった。
色違い、速度違いのコメントを多数飛ばすだけならばそれほど難しいことではない。スペースやTAB等を使用してそれぞれの速度を調節すれば良いだけのことで*1、コメントの速度変化の具合を知っている人なら誰にでもできるベーシックなCA技術、いわゆる弾幕のバリエーションである。ただし、異なる複数のコメントを同じ行に重複させて動かすためには、若干のテクニックが要求される。
ごく一般的な愚民弾幕。しばしば荒れる。コメントをあまり長くし過ぎないこと(コメント行が長いと処理にかかる負担が大きい)、orzとorzの間のスペースを広めに取ること(背景となる動画自体が比較的見えやすくなる)などで対応したい。
ニコニコ動画に投稿されたコメントはそれぞれ別の行に表示され、よほど集中しない限りは重なることはない。その場合もごくランダムな位置に表示され、基本的に投稿者のコントロールの範囲外となる。にも関わらず、多数のコメントを意図して重ねる技術は存在し、その中でも、流れるコメント(naka)を扱う技術の応用が上述のレインボーオワタであった。
コメントコマンドの大別。右から左へ流れる、デフォルトコメントのnaka、そして画面内に固定され、上下からせり上がるタイプのコメントue/shita。共に4秒間表示されるが、nakaコメントの場合、その速度によっては瞬時に画面内を通り過ぎて見えなくなる。
また静止系(ue/shita)の多重コメントの代表的なものは、プロフィールCAによく見られる、上下から積み重ねられたコメントが互いに干渉しないことを利用した演出である。ハートやスクエア、あるいは文字を重ねた効果を見たことがある人は多いだろう。これらの大変見栄えのするCAは、その技術自体は、意外にも、それほど難易度の高いものではないが、体裁を整えるためにミリ単位の修正を行い始めたり、秒単位での書き換えを試みるなどすると、それはもう大変なことに。
しーなP『キラメキラリ』に投稿された、装飾系CA。ueから順に配置された塗りつぶし文字を、中抜き文字をshitaから積み上げることで縁取っている。テクニックのみならずデザインセンスが問われる。
一方で、nakaコメントの多重化作業はもう少し複雑である。端的に言えば、画面の縦幅一杯まで改行した際にコメント位置が固定されることを利用する。具体的には(bigコマンド使用時の画面内最大表示行数の)16行分改行することで、同じ行に配置したnakaコメントを重ねるのである。これによって流れるコメントの位置制御が可能になり、流れながら回転する図形や文字といったCAはこの技術を用いて製作される。
16回改行した投稿コメントの図。普段であれば一行分であるコメントを囲む枠線が、画面一杯にまで広がっていることが分かる。この状態にすると同時に、それぞれのコメントの速度を調整する。枠の横幅が異なるのは、TABでコメント長を調節しているせい。
この技術は、コメントの上限である60文字という制限によって強く制約される。というのも、ニコニコ動画ではコメント末尾のスペースや、4回以上続く空の改行が自動的に削除されるために(子細は省くが)16回の改行は23文字を消費してしまう。実質的に使用可能なのは最大37文字となり、このことは主に、速度管理のフレキシビリティに極めて深刻な被害をもたらす。
速度調節例。慈風P『ひざしの奥のハッピーハート』2:14付近で春かっカーを追い掛ける愚民コメントは、ニコニコ動画で見られるコメント中で最も高速なものの一つ。コメント文字列が長ければ長いほど速度は速くなるため、加速のためには投入できるTABの総数が問題となる。
つまり、文字数調整で速度に緩急を付けにくくなり、naka系CAの華である速度差による演出の自由度が失われてしまう。この点が冒頭で述べたレインボーオワタの実現を困難とする最大の理由である。七色のコメントを重ねるためには当然コメントを七つ使わなければならない。しかし、それぞれのコメントに適切な速度差が付けられていなければ、単に団子状に重なったコメントがジワジワとズレながら流れていくだけなのだ。そしてそのために与えられる37という文字数は、けして十分に多くはない。
\のヮの/4.1
2\のヮの/ 3 3 3 3 2 x
2T\のヮの/TTTTTT 3 3 3 3 2 x
2TTT\のヮの/TTTTTTTTTT 3 3 3 3 2 x
2TTTTT\のヮの/TTTTTTTTTTTTT 3 3 3 3 2 x
2TTTTTTTTTTTTTTTT\のヮの/TTTTTTTTTTTTTTT 3 3 3 3 2 x
一枚目の画像で使用したのヮのCAのコメントメモ。だった気がするもの。記述は513号室さんを参考にしている。数字は改行数*2を、Tはタブの個数を、xはコメント末尾を示すマーカーであり、それぞれ投稿時には削除される。これら5つのコメントを同時点に重ねて投稿することで五色のヮのは完成するのだが、ご覧の通り、糞面倒くさい。
人気作品についたコメントの過去ログ行きは早い。コメント案の下準備をし、練習用動画でテストを繰り返し、ストップウォッチで時間を計りながら、コマ送りで投入したCA投稿もあっさり消える。一時あれほど咲き乱れたCAの文化が、気がつけばすっかり下火であるのも、正直なところ、面倒くさすぎるからだろう。努力と手間に見合うものではない。
だとしても、レインボーオワタの速度調整は神業だった。僕には出来ない。あの速度で七色を交差させる仕組みが理解できない。ずっとあのCAを再現したかったけれど、今日に至るまで出来ず仕舞いだ。せいぜい劣化版五色のヮのをゆっくり飛ばすくらいが関の山である。そして、二色の間には絶対的な壁がある。偉大な技術であり、失われて欲しくない。
流行の動画の構成的にも、また風潮的にも、近頃のニコニコ、特にアイマスMAD界隈でCAの立たされた状況は厳しい。CAを見かける機会が少なくなっていることを実感している人も多いだろう。今日、僕の知らない多くのCAが、おそらく、人知れず忘却されつつあるのだと思う。悲しいなーとtwitterで騒いでいたら、ひでPに
と思い切りdis・・・忠告してもらったので記事にしてみた。実際、ニコニコ大百科にも記述されている通り、CAはある程度まで慣れと努力で手の届く世界である。先人の残したレシピを真似するだけでそれらしいものが出来上がる、想像より春香に親しみやすい世界だ。一人でも多くの人がCAに興味を持ってくれることを祈る。以下のサイトにCA関連技術とデータが要領よくまとめられているために参照されたい。
ニコニコ動画 コメントアート保管庫 やよい展
主にしーなPの『キラメキラリ』に投稿されたCA技術を紹介。気前よくレシピも掲載してくれているために、やる気のある人ならすぐに応用・実行可能である。またCA基礎知識サイトへの必要十分なリンクも備えているために、このサイト周辺を回るだけでニコニコ動画CA技術の概要を理解することができるだろう。見る専必見。
MCFPのCA実演作品。16改行だけでなく、空のue/shitaコメントによる”ゲタ”を利用したコメントの高さ指定や*3、連続した黒■の帯を流すことによって花のCAを印象的に表示する手法など、目の覚めるような技術が紹介されている。投稿者コメントによる特殊な手法も用いられているため、全てが一般に転用可能というわけではないが、コメントレイヤーを自在に駆使したCAの舞台裏への訪問は、まさにCA職人の職人的な仕事振りを目の当たりにする機会となるだろう。*4
2007年末に投稿されたCA保存映像。ここに現れるCAは当然今は見ることができない。CAとの出会いもまた一期一会だと言う。それが過去ログのどこかに眠っているとしても、あの熱気に再び手が届くことはないだろう。「コメント動画」タグには他にも複数の作品が挙げられている。たまには懐かしい追憶に浸るのも。
理屈はともあれ、CAと弾幕とコメントが動画に噛み合った時間は、容易に忘れがたいものだ。動画投稿サイトは数あれど、唯一ニコニコ動画でのみ生じうるカタルシスがそこに存在する。あの記憶が残る限り、僕はCAも弾幕も否定する気にはなれない。どれほど美麗で隙のない動画が主流になったとしても、どこかにそれらの余地を残した作品が作られ続けると良いのだが。
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