God bless Sakurada Famiglia 僕のローゼンメイデン


総じて名作と誉れの高い?『ローゼンメイデン』。とは言え、やはり若干の瑕疵を持つと指摘される。例えば「蒼星石の存在意義が見あたらない」「水銀燈は確かに悪さをしたが、あの最期はあんまりだ」「真紅は秘密を知っていたのに、あんなに酷く罵ったなんて」「アリスゲームって何? そもそも“お父様”が悪の根源では」etc...。
これらへの疑問を通して、僕なりの『ローゼンメイデン』の答えを探してみたい。なお、まだ見たことがない人には、これはちょっとした名作なので第一部を見ることは少なくとも損にはならないと思う、くらいは言っていいのではないかしら。しかし、まあ、無駄に生理的社会的嫌悪感を煽る作品ではある。一種のタブーのような…。
→これまでのローゼンメイデン記事はこちら
→ローゼンメイデンキャラクター紹介はこちら


■The Second Fiddles, 扱いの酷い蒼星石

彼女の扱いがぞんざいだった、という指摘は正しい。確かに彼女には全く良いところが無かった。しかし、始終おちゃらけているような姉に比べると一見しっかり者に見える彼女だが、実はガンコな考えなしである。事実、続編のトロイメントにおいて、彼女の無用な決意はアリスゲームの火ぶたを切る直接の要因になってしまったし、毎回ハサミを奪われていることなども考慮に入れると、むしろ「良いところがない」ではなく、「ヘマばかりしている」と言い直すべきだろう。
反対に翠星石は不真面目に見えて、妹、そしてジュンたちが見つめようとしない問題の本質を、ひょんなところで提示するのだが…。ともあれ、蒼星石のかたくなさの解消には最後まで焦点が当てられないまま、トロイメントにおいて蒼星石はその報いを受けることになり、また翠星石は、結局何も出来ないままに最愛の妹を失うはめになった。結局のところ、彼女たちがこれまでの二作において、主役ではなかったことだけは確かである。


■Tooooooo Much in Love, 水銀燈の哀れな最期

あのシーンに思わず涙してしまった人は多いのではないだろうか。さんざんな悪行三昧だったとは言え、彼女をその行為へと突き動かした原因を知ってしまうと、どうにもやるせなくなる。海外においても彼女のあの独白には心動かされた人が多いらしい。「水銀燈は邪悪だった、けれどあの罰は惨すぎる」とまで言われるほど(見事な手のひらの返しよう)。
現実的な話をすれば、彼女はトロイメントにおいて何事も無かったかのように復活してしまうわけだから、結果的にはたいした罰ではなかったのかもしれない。が、彼女が理不尽にもあの運命を背負っていることにも、その宿命が彼女をあの結末に一度追いやったことも、やはり間違いはない。


■La Baronessa Rampante, 高慢チキチ貴族、真紅

ところで、水銀燈の秘密を知っていながら、「ジャンク!」と、言ってはならぬ言葉をぶつけた真紅。これは彼女らしからぬ致命的なミスである、という指摘は尤もだ。それが真紅の魅力を貶めてしまうという懸念も理解できる。ただし僕は、これがまさに真紅の持つ欠陥であり、だからこそ彼女さえ、未だアリスたり得ないのだ、と主張したい。
真紅は、明らかに他のドールたちに比べて欠陥が少ない。美しく、聡明であり、また実力においても最強の一体。彼女は他人から羨まれる全ての要素を兼ね備え、実際自分の立場に満足している。だからこそ彼女は無用な波風、戦いを望まず、自分の存在理由について他の姉妹(水銀燈、あるいは蒼星石)のように病的に悩むこともない。

彼女らの悩みの存在に対しても、積極的に関与していこうとは思わない。ただ部屋で本を読むことか、紅茶を味わうことで日々を過ごすことだけを望む*1。彼女はその意味で、まさに文字通りの貴族なのだろう。貴族には貴族の論理がある。プライドに基づく理想的で潔癖な自己規範と、持たざるもの、弱いもののうめき声を「仕方ない」と切り捨てる残酷さ。

結果として、真紅は水銀燈の苦しみを理解しながら、彼女と向き合わないことで彼女を視界から排除してしまう。またトロイメントにおいては、蒼星石の頑なさを放置することでアリスゲームを開始させ、より悪いことに、積極的な介入を行わないこと*2によって姉妹の全滅を導いた。

後者最終話、組み伏せた薔薇水晶に「全部あなたが!」と繰り返され言葉に詰まるシーンは、彼女がその孤高の姿に備えていた自身の欠陥に、遅まきながらも気付いたことを示す。つまりトロイメントとは、結局のところ、真紅自身の弱さについて語られた物語に他ならなかった*3


■The MYSTERY, 投げっぱなしの伏線

事態の根源、ローゼンが物語に直接登場せず、また語ることもない以上、アリスゲームの具体は各自ドールが語る言葉から読み解いていくほかない。ただし、彼女らの認識の正確さは全く保証の内ではなく、むしろ各自がそれぞれ都合の良いように解釈している恐れが高い。ことに水銀燈のそれ(最後の一人になるまで戦え)は、最終的に彼女が燃え尽きてしまったことにも暗示されるように、”お父様”が真実望んでいたそれだとは思えなかった。実際彼女の解釈が、彼女の劣等感の生み出した一種の合理化であった事実は、彼女の最期の言葉から強く覗える。
そもそも、彼の目的は完全なアニマの創造であって、けして人形同士の殺し合いではない*4。つまり、彼女らは完全な姿、無欠な美になるべく生み出された存在であって、そこへの道が殺し合いであるとはどうにも考え難い。また、たとえアリスゲームが殺し合いで有り得たとしても、トロイメント最終話において「アリスゲームだけがアリスになる方法ではない」と、真紅は確かに告げられたのである。


■The Real Villain, なんて迷惑なお父様

“お父様”なる存在が造物主を暗示しているであろうことは今更言うまでもない。彼に創造されたドールズ、それぞれに欠陥を抱え、不完全であるが故に、父の前に立つことの適わない彼の子供らが、人間存在を模していることもまた明白である。

だとすれば「彼は実は完全なドールを作ることが出来たが、あえてそうしなかった」という可能性を想定するのは自然だろう。彼は意識してドールに欠陥を残し、各自がそれを各自の意志と方法で補うことを期待した。彼はこうして、結局のところ、ドールたちに本当の自由と、存在意義獲得の可能性を与えたのだ*5水銀燈が未完成な理由、そしてあの彼女の過ち、見るものの涙を誘わずにおかない程の完全な踏み違えの存在は、つまりここを明白にするためにあるのだと思う。

彼女はプライドと美貌、そしてほぼ完全な能力を(あるいは真紅以上に)持ちながら、肉体的に不完全なものとして生み出された。その理不尽さに憤るが故に、彼女は他のドールズたちを同じ不完全さへと引きずり落とすことで、自らの欠陥の隠蔽を試みる。

しかしこの方法は(当然の事ながら)どうやら間違いであり、彼女は手ひどい罰を受けた。一方、彼女が致命的な欠陥だと思いこんでいた彼女の肉体的不備は、トロイメント最終話において、「この身体でもアリスになれる」と言及され、それが水銀燈の本質的な欠陥ではなかったことが判明する。

では一体、何が水銀燈の本当の誤りだったのか? 彼女は最期まで、一体何を欠いていたのか? あまり語るべきではないかもしれない。ただ、その死の淵で彼女が何度もくり返した言葉の中、皮肉にもそこに答えが含まれるように見える。結局のところ、彼女は完全になる望みと、父親への愛を取り違えてしまったのではないか。彼女が父親を愛するのは、何にもまして、最後まで自身を仕上げて貰うためだったのではないか。

ともあれ、彼女の漆黒の衣が焼け落ち、その雪のように白い身体と、毟られた鈍色の羽が露わになるシーンは、それが最悪の結末であるにもかかわらず、どこか救いの鐘が響く瞬間のように思えてならなかった。水銀燈のモチーフはおそらく堕天使なのだろうが、彼女に救済があることを祈りたい。弱さと罪の源である肉体を持たぬ存在、純粋な魂のみを持つ天使は、それが故に、堕天の罪を決して許されないと言う。


■VIVAT, それもまたアリスゲーム

人形たちはそれぞれに不完全さを持つ。それはあるものを狂気に駆り、あるいは独善や頑迷の対立を煽り、殺し合いを引き起こす。彼らはそれをアリスゲームと呼んだが、その結果ドールたちが辿り着いたものは、けして望んでいたようなアリスではなかった。

もし人形が人を模したものであるならば、アリスゲームが指し示す意味は明白だ。それは誰もが必ず辿るある過程の、単なる別名に過ぎない。だとすれば本当は誰もが、知らないうちにアリスゲームの中にいるのである。望もうと望むまいと、気づこうと気付くまいと、一度創られた人形たちは、そこから決して逃れられない。

そして、悲しいがアリスゲームは、真紅の言葉のように、戦いでも有り得る。時には敗北し、砕け散り、ジャンクになることもある。けれど水銀燈の言葉がいくらかの勇気を与えてくれるだろう。彼女は言った、その不完全な身体のままでも、ドールはアリスになれるのだと。いつか朽ち行く存在でありながら、人形は完全な魂を持ちうる。たぶん、もしそれに気付きさえすれば。

結局のところ、不完全さは同時に自由の証でもある。自由意志により選ばれるのは、欠けたピースの埋め方であり、決定された終末への道筋に過ぎないが、そんな僅かな可能性の中でさえ無限に間違い得るからこそ、正しい選択の追求は無限に偉大な行為となる。また意志は自由であればこそ、何かを本当に大事にすることができるだろう。強制された想いは、けして自分のものでも、強制した側のものでも有り得ないのだ。

どういうわけか動きまわり、話し、切望する人形たちに、本当に欠けている最後のピース。それはきっと、かつて水銀燈が最も近い場所にいたものだと僕は思う。彼女は踏みだし、間違えた。けれどその確かな誤りこそが、逆の意味で真実を雄弁に語る。それはおそらくずっと昔、彼女の胸を暖かく満たしていたに違いない。



☆おことわり
画像は例によってMementoから無断で拝借しています。感謝。
著作権アニメ制作元(リンク)にあります。感謝。
ローゼンメイデン・オーベルテューレ (初回限定版) [DVD] ローゼンメイデン 1 [DVD] ローゼンメイデン・トロイメント 第1巻 (通常版) [DVD]

*1:とは言え、彼女が推理ものの人形劇を好むのは、彼女自身、無意識のわだかまりを感じているからだろう。ミステリのすべてを解き明かすものは優秀な探偵であり、本作においてのミステリはお父様その人である

*2:彼女には、彼女だけにはそれができたにも関わらず!

*3:薔薇水晶にもはっきりと言及されている。第一部がジュンのそれであったこととの対照が面白い。ここでは彼も彼女も、自分の興味の範囲外には目を向けようとしないという、意外な共通点が明らかになった。

*4:このこともまた彼の口から直接語られたものではないが、人形師たる彼が人形を作った目的である以上、やはり疑うべき類のものではないように思える。さもなければ、あまりにも空しい。

*5:言い換えるなら、彼女らは実は、自由意志をもって父親に背くこともできるのである。そう、父親を憎むことさえ。彼はおそらく、彼女らに、「私を愛せ」という命令は下していない。