阿刀田高 『新約聖書を知っていますか』新潮文庫

新約聖書を知っていますか (新潮文庫)
前作の『旧約聖書を知っていますか』は、その原典が描く世界から、良くも悪くも第三者的、あるいは東洋的(仏教的の方が良いかもしれない)に距離を置いた視点で語られていた。つまりあらすじを伝えることが第一義であり、それが携えるべき感慨等はあまり匂って来なかったのである。しかし一転、本書において著者は大いに感情移入してペンをふるう。それを自覚してかどうか、彼は何度も「自分は無宗教者である」と主張しているものの、やはり新約聖書物語自体には大いに感じるものがあるのだろう。マリアを愛したヨゼフの心、ゲッセマネでのイエスの悩み、ピエタに表されたマリア、そしてそれらに重ねたミケランジェロの想い…etc. それぞれのエピソードを思い入れたっぷりに語る彼の筆調は時に感動的ですらある。前作がよくできたサマリーであるとすれば、今作は阿刀田流の聖書物語と言える。それも、めっぽう素晴らしい出来の。