アニマス春香は何を得て何を失ったか
劇場版アイマスは素晴らしい作品だったので、いろいろな人がいろいろなことを語っている。僕もその類に漏れず、劇場版アイマスまでの視聴を通して、個人的に感じたことを述べてみたいと思う。つまり、春香さんについて。
■アニマス765プロ主義とゲーム俺俺主義
アニマス春香さんの一番の特色はことが起こると団結の聖戦士みたいになっちゃうところで、その点は劇場版でも同様に見えた。
この『団結』、というか765プロはいつも一緒、みたいな感覚は古めかしいファンにとって多かれ少なかれ違和感があるだろう。「俺とアイドル」という感覚が染みついているからだ。
つまり「765プロがあってその中に俺がいる」ではなく、「俺と春香、俺と千早、俺と・・・の集合が(あえて呼ぶなら)765プロ」という感じ。俺俺主義である。
■団結感覚アニマス春香
アニマスだと春香さんは自身の存在意義に悩んで引きこもったけれど、劇場版だと引きこもっちゃった別の子を引っ張りだそうとする役割なので実際シチュエーションはだいぶ違う。
TVで春香さんにプレッシャーを与えたのは「忙しくなれば離ればなれも仕方ないよね」という当然の認識で、しかし765プロはいつも一緒(邪魔くさいので以下団結とする)感覚に反するから彼女はかなり致命的なダメージを受けていた。
結局、春香以外のメンバーが「やっぱりみんな一緒の時間も大事だよね」と考え直して(?)くれたおかげで春香は消滅の危機を逃れたものの、この事実はわりと薄気味悪い事実を示唆する。
アニマス春香の本質(立脚するところ)はまさに団結感覚そのものなんじゃないか。
■無印春香の穴ぼこ
翻ってゲーム由来の春香さんはどうか。
実際のところよく分からない子だった。少なくとも無印アイドルマスターまでの彼女の中心に確かに何かがあったかと問われれば言葉を濁さずにはいられない。
無印アイマスのADVシーンは二種類に分けられる。大半を占めるのは通常の営業で、おもしろ日常シーンを担当する。一方、ドラマを描くのはアイドルとしてのランクが上がるごとに選択できるランクアップコミュである。そして、春香のランクアップコミュは(次第にプレイヤーとの精神的距離を縮めていく他のアイドルのそれを尻目に)ほぼ毎度「友情相談」を繰り返していた・・・!
つまり、ゲーム春香さんのメインストーリーは清々しいくらいに無味乾燥だった。自然、当時の春香さん(少なくとも2007年の秋頃まで)は人気どうこう以前に存在感がなかった。
彼女に特に与えられていたものはゲーム開始後真っ先に登場する権利と、ユニークな結末である。特に後者は恋愛ゲームとしてのアイドルマスターに真っ向反対するものだったから、それ自体議論を呼んだ。新規に登場した美希には二種類のベストエンドと、プレイヤーをハニーと呼ぶ結末が与えられていたから、なおさらだ。
■アイドル春香さんの喪失
ゲーム版春香さんの結末にあった唐突なアイドル性。それは確かに真っ当なものではあったけれど、同時にどうしようもなく寂しく感じられた。この穴ぼこを塞ぐために、アニマスが彼女の中心に置いたのが団結感覚なんじゃないかと思う。
そうして真ん中に団結を据えた結果、春香さんが他の何でもなく団結感覚の権化になってしまったのはアニマスの数少ない、しかし相当重大な弱点ではないかしらん。
実際に、みんなにそっぽを向かれたと感じた春香さんは、アイドルとしてやっていく意義を見失ってしまうのだ。春香が気を取り直すために必要だったのは、ファンの思いでもなんでもなく、仲間の妥協だった。これはまずい。たぶん、この姿はアイドルじゃないからだ。
■何を得て、何を失ったのか
よく語られるアイドルとしての結末のもう片面で、ゲーム春香さんには豊かな日常シーンがあった。おもしろおかしい豊穣の春香コミュである。
春香さんとのゆかいな日々があってこそあの結末はどうしようもなく寂しかったし、あの結末があってこそ「芸術とは私自身です!」とか言っちゃう春香さんとの日々が記憶に残った。
たぶん、そういう対比の間にだけ、ゲーム由来の春香さんの特別なアイデンティティみたいなものがあったんだろう。
春香さんはこっそり特別扱いされていたのだ。なんでもない女の子だけど、ドラマも特にないけど、確かにアイドルだったのだ。
本当につまんない普通の女の子だったけれど、アイドルだったのだ。
そういう意味で、劇場版で春香さんが『リーダー』になったのは、象徴的なことではないかと思う。
■54週目の芋
アニマスでも劇場版でも、春香さんはとてもよい役を与えられて、ちゃんと主人公している。各種人気投票でトップを獲得する快挙もなしている。あの頃を考えると、とても信じられないくらいだ。
でもどこか、何かを永久になくしてしまったような、さみしい気持ちもどこかにあって、そういう理由で、あちらこちらで古びた俺俺主義ファンがぶつくさ呟いている感じである。
あれはアイドルだったけれど、本当につまんない普通の、とくに巷の話題にもならないような、おもしろくて、そこらへんにいそうな、かわいい子だった。
人気はなかった。