素晴らしきクラテッロ

奇Ringさんの記事*1からリンクの張られていた脱力系ちょうちん記事に登場する幻の生ハム、クラテッロ。その生産現場に居合わせた人間としてどんなものか説明しておくことに若干の意義はあるだろうと考えました。


クラテッロとは
イタリア語でCulatelloと書き、イタリア中北部パダーノ平原沿いの集落、ジベッロ村周辺で生産される生ハム。通常の生ハムに比べて重厚な味と香りが特徴とされる。ブタの腰肉のど真ん中を使用するため、一頭の豚から二つしか作れない。一年ほどの熟成を経て市場に出る。彼らの主張を真に受けるなら年間13,000個程度が生産されるとのこと。現地で1kgが55ユーロ程度するので一塊のクラテッロ(6kgくらい)は330ユーロと割と高い。一種の珍味。



あくまで個人的にですが、スペインのイベリコ豚生ハムのほうが好きです。たぶんほとんどの日本人にとってもそうなんじゃないかな。美味しいことは美味しいんですが、生ハムをよっぽど食べ付けた人以外にはそれほどの感動はなさそう。
そもそもこの地域が寒暖の差が激しく、湿度が高く、って、これ日本と同じでしょう。そんな地域のただ中で無理矢理生ハム作ったらこんなのができましたーみたいな食べ物で、手間暇がかかる割りにそれほど実入りがいいわけでもない。こだわりと名声のためにあるみたいな食品です。

そんな生産者の中でも、華麗なスタンドプレーを見せる指折りの人物がマッシモ・スピガローリ氏。最近、地所の中にあるパラビチーナ家の古城を改装して高級ホテル経営まで始めました。クラテッロ生産が貧乏人の仕事ではないことがこの辺りからも読み取れますね。実は彼、美味しんぼにも登場しています。って、そうだ、クラテッロって何かは美味しんぼを読めばいいんだ。



http://www.acpallavicina.com/
↑スピガローリ氏経営のレストランのサイト。なぜかトップページから美味しんぼが読める


図解!クラテッロの作り方

1)お肉を手で結わえます。ワインとかニンニクとかいろいろ塗りたくりながら。


2)一次乾燥が終わったあとはトラックにボインボイン投げ込んで輸送します。


3)伝統と格式を与えるために古城の地下で熟成に入れます。人力でぶら下げます。


4)湿度80%、気温36℃のカビ空間から逃れ、休憩します。イタリア人もダイエットコークが好き。


5)綺麗にディスプレーできました。この地下室の上が高級ペンションです。


6)文化的なイタリア人たちが蘊蓄を語り合いながら、味わって食します。


7)AND NOW WE WANT TO PARTY!


チラシの裏
なんていうのかな。日本人がカニをありがたがるようにというか、イタリア人たちの夢とステータスの詰まった食品なのです。伝統的な製法(といってもそんなに古いわけではない)に従って、手作業で少量生産される、希少で高価な食品。これを食べることが幸せなステータス。そんな食べ物。

イタリアは今、他の欧州諸国と同様、流入の止まらない移民や低収入労働者といった下層階級と、定職につき別荘の一つ二つも持とうかという中産階級の間に埋めがたい格差が広がっています。人心は荒廃し、治安は悪くなるばかり。ナポリゴミ騒動をみても分かるように、もうこれはどうしようもない状況。

そんな中、現代の貴族階級となりつつある中産階級は、新興の資本家がたいがいそうであるように、自らと自らの家名に与えるステータスを模索しています。伝統、文化、学識・・・。そんな中、伝統や文化の匂いを漂わせ、手早く学識を披露することのできる手段として、食への注目が盛んです。各地で「伝統的で職人的」な産品が「発掘」され、フラッシュを浴びます。成功した農家はモデル出身の奥さんを貰い、自宅を往時の田園別荘風に改装し、政治家や名士を集めてパーディーを開催し・・・

そんな意味では、このクラテッロブームは時代を反映した、あだ花の一つだとも言えるのかもしれません。ともあれ、それを地球の裏側において有り難く取り上げたのが、年間数億をホイホイつかう御曹司であるというのは、なんというか、セレブ(笑)という感じで、納得のいく話です。