日本中の杉を切るにはいくらかかるのか

参考: 何故スギは植えられてきたのか?

 今年のひどい花粉症に苦しむあまり「杉を切れ! 今すぐにだ」と叫ぶ人をtwitter上に散見します。なぜそうなったかの原因はともかく、もし日本中のスギやヒノキが無くなれば、かつてのように、美しい春を美しく過ごすことができるようになるかもしれません。僕個人も花粉症仲間なので、ちょっと計算してみました。


【敵の数は?】
 花粉症の原因と言われる杉・桧は、基本的に人工的に植えられたものです。そこで、wikipedia人工林を見ると、日本の森林面積が2515万ヘクタール、うち41%が人工林となっています。つまり、日本で杉・桧が植わっている面積はざっと1031万ヘクタールです。
 1ヘクタールあたり、だいたい3000本程度の植林がなされているとして(実際、杉や桧はしばしばごちゃ混ぜで植えてありますし、どちらも花粉症の原因なので、ここでは一緒くたに計算します)、現在の日本に「切るべき木」はざっと30930000000本植わっています。


【所用時間は?】
 一人の仕事師さんが一日に伐採できる本数は、まあ200本程度だと思われます(意外かもしれませんが、そんなものなのです)。日本全国の林業就業者数は平成19年で5万人だそうですが、事務方の人もいるでしょうし、うち1/4が65歳以上ということですので、まあ平均3万人程度が実働できるものとして、この全員で5155日、約十四年のあいだ延々と伐採しつづければ、計算上日本の杉桧は撃滅できます。


【必要経費は?】
 ただし、この計算では、とにかく切り倒すだけで、搬出のことは一切計算にいれていません。そして、事実上、森林作業でもっとも手間暇がかかるのが搬出作業になります。おそらく、人日計算で言うと、三倍程度にはなるんじゃないかと。一刻も早く杉桧を皆殺しにすることが今回の目的ですので、搬出は諦めましょう。

 しかし、伐採自体はなんら利益を生み出す作業ではないため、もしも切り捨てておくとすると、作業にかかる経費はすべて国庫負担となってしまいます。日当が一人あたり15000円として、三万人で5155日作業すると、2319750000000円、一年あたり1642億円程度、計二兆三千億円ほどの国庫支出が必要です。


【諸問題】
 当然ながら、杉桧を切り払った後の山林には何も生えていません。自然の回復に任せた森林の回復を天然更新と呼びますが、そのためにはおよそ数十年から百年単位が必要(PDF)だそうです。土砂災害防止、水源涵養などの観点から、ある程度の人工的な再植林は避けられないでしょう。
 その場合、苗代や人足代とは別に、近年のシカの食害(イメージとして奥多摩町の記事にリンクします)に対応するため、植林エリア全体をメートル単価数千円(!)の食害防止ネットで囲むか、苗木に一本ずつ食害防止カバー(手間を考えると似たような値段でしょう)を取り付ける必要があります。
 また、たとえば奈良県などでは、間伐のために切り捨てた樹木から大量の虫が発生し、周囲の原生林にも甚大な被害を与えてしまったなどと言う話を聞きます。山ごと切り捨てた場合の被害は、おそらく比べものにならないものがあるでしょう。こうなると、生態系に与える被害も無視できません。搬出のため、さらなる出費と時間が必要となります。
 さらに実際的な話をすると、日本の急峻な山林での伐採作業には、林道整備が不可欠となります。ぶっちゃけ道がないと作業現場に入れないのです。で、たしか、日本の林道は1へクタールあたり10メートルくらいの割合でつけられているので、1メートルあたりの費用を一万円ほどとして、作業林道のためだけにざっと1031000000000円の予算が別途必要です。


【どうしてこうなった】
 戦後の建築ラッシュで、一時、日本の山は切れば切るだけ儲かる時期があったのだそうです。そこで僕らのおじいちゃん世代あたりがせっせと植林をしたものが、今ちょうど材木ざかりを迎えて、花粉をまき散らしています。
 現在、こうした杉のあがりは、まあ一本500円程度なんだとか。五十年で500円・・・。それでも、運賃や加工費、供給安定性を考えると、海外からやってくる外国産材との競争に負けてしまうため、よほどの事情がない限り、そもそも切り出される量が少ない。
 当然、今時せっせと杉や桧を再植林する人もほとんどいませんが、とにかく既に植わっている量がとんでもないのです。このままでは、杉や桧は、これからも毎年、元気に花粉をまき散らし続けることになると思います。


【提案】
 上で見たとおり、ただ杉桧を切り捨てるだけでも、膨大な時間と労力、そして費用が必要になります。

 現実的に考えて、今、僕らに出来ることは、国産の杉や桧をせっせと消費することです。家具でもペレットストーブでも、国産を選びましょう。そして同時に、再植林に際して、広葉樹林への転換を図るか、少なくとも無花粉の杉苗を奨励するよう、行政に強く働きかけていくことでしょう。




追記:
 「ボランティアを募ってみんなでやりゃもっと手早いんじゃね?」的なブックマークコメントを頂戴しましたので、そのあたりについて分かりやすい記事をご紹介します。

 毎年1000人に一人が死ぬ林業 - 左思右想 日々のメモ

 伐採作業、危ないんです。
 数百キロから数トンの棒状の物体が倒れてくるわけで、まともに挟まれたら死んじゃいます。また、枝葉が周囲の木に引っかかったり、木自体がたわんでいたりすると、伐採したはずみに横っ飛びに飛んで来たりもします。
 あたると肉がごっそりもげて、骨にヒビが入ります。そこから骨髄炎になって死ぬ人もいます。ちょっと素人がボランティアでできる仕事ではありません。

 可能だとすれば、例えば林道整備のお手伝い、また、伐採後の搬出のお手伝い、そして再植林のお手伝いでしょう。特に、植林は完全に一本一本手植えの世界ですので、人手は多いほど作業が進むはず。
 苗を運んで、穴を掘って、植えて、支柱を立てて、食害防止の覆いをかぶせる。これなら、きっとあなたにもできます。


追記2:
 「医療費削減や雇用対策にもなるし、案外悪くないんじゃない?」というご意見も頂戴しました。
 そんな気もします。新規林業就業者の育成支援も含めて、たぶん、20年間計10兆円規模で予算を組めば、なんとかなるんじゃないでしょうか。
 想像してみてください。朝八時に現場で仕事が始まります。チェーンソーを抱えて斜面を登り、木の按配、安全性を確かめて受け口を入れます。
 伐採方向に問題がないことを確認しながら、反対側から切っていきます。ゆっくりと傾き始めた木は、数秒後、先端でホウッと風を切りながら倒れます。地響き。立ち上るスギの匂い。ヒノキの乳清のような香り。一気に開けた視界には、遠く山並みが映ります。なんだこのポエム。
 正午にお昼を取り、一時まで休憩すれば、五時のあがりはもう踏ん張り。家に帰って、夕飯。晩酌の一つでもして、早々に床に就く。悪くないですね!


追記3:
 こんな記事を書いておいて、今更ながら。

 本来、杉も桧も、将来の日本に住まう人々の家の資材となるよう、山の人々によって、一本一本手植えされたものです。

 道もない、自動車も重機もない時代に、苗袋を背負い、鎌で下草を払いながら、時に40度もあろうかという斜面に、家族総出で植えられたものです。

 立派な柱になるように。美しい羽目板になるように。見事な梁になるように。

 現状、あまりに健康被害が大きく、社会的害悪として、ひたすら迷惑なものとして語られている、杉や桧。

 それでも、心のどこかに、それらを植えた、そして育てた人々のことを、とどめ置いてあげていただければ、嬉しく思います。