Guareschi, Don Camillo:MONDO PICCOLO 9.RIVALITA

ドン・カミッロ 第九話:ライバル心


 新感覚おっさん宗教ファンタジー愛国的共産主義市長ペッポーネと、わがまま短気品行下劣神父ドン・カミッロが繰り広げる、ひらがな四文字タイトル系日常ドラマですよ! 女の子は出てきません。


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 大都市から左派の重要人物がやって来た。近隣のあらゆる集落から人々が集まってきたので、ペッポーネは大広場で政治集会を開くことに決めた。真っ赤な演壇を据え付けるだけではなく、屋根の上に四つのトランペット型拡声器を装備し、車内にはアンプ装置を満載した街宣車の一台まで世話することにしたのである。
 こうして、その日曜日の午後、件の大広場はぎゅう詰めとなり、広場に隣接する教会の前庭にまで人々が溢れた。
 ドン・カミッロは全ての扉を閉め切り、いらいらせずに済むよう、誰にも会わないように、誰の話も聞かないように、自身は聖堂に閉じこもった。そうしてうつらうつらしていたところ、まるで神の怒りにも似た「同志!...」という声が響いてきて、彼を飛び起きさせたのである。
 まるで四方の壁など存在していないかのようであった。
 ドン・カミッロは憤りをぶちまけるため祭壇のキリストのもとを訪れ、どなった。
 「連中は、罰当たりなスピーカーの一つを我々にまっすぐ向けたに違いありません」
 「何をいうのだ、ドン・カミッロ。これこそ前進というものではないか」*1
 通りいっぺんの前置きの後、弁士はすぐに本題に入った。彼は過激論者であったため、散々な言葉を吐き散らした。


 「合法性の範囲に留まれば、我々はここで足踏みすることになろう! 何を犠牲にしてでも機関銃を構え、全ての人民の敵を壁にへばりつけるのだ!...」


 ドン・カミッロはまるで馬のように地団駄を踏んだ。
 「イエス様、あれを聞きましたか?」
 「聞いたとも、ドン・カミッロ。あいにくだが」
 「イエス様、あの連中どもにいっぱつ雷をぶちかましてやってはいかがです?」
 「ドン・カミッロ、合法性の範囲に留まるのだ。ある男にその過ちを分からせるのに、お前が銃撃で彼を撃ち倒すのだとすると、なぜ私がこうして十字架にかけられているのかわからなくなるではないか」
 ドン・カミッロは両手を広げた。
 「その通りですとも。彼らが私たちまで十字架にかけるのを待つことはありません」
 キリストは微笑んだ。
 「たわごとを言ってから考えるのではなく、何を言うべきかについて十分考えてから口を開いていれば、お前が先ほどのつまらない発言について懺悔する必要もなかっただろう」
 ドン・カミッロは頭を下げた。


 「・・・そこで、十字架の影に隠れ、彼らの曖昧な言葉という毒をもって、労働者層を分裂させようという連中についてである・・・」


 風に乗ってスピーカーから聞こえてくる声は教会の中に響き渡り、ゴシック式の薔薇窓の赤や黄色や青のガラスを揺らした。
 ドン・カミッロは銅製の大きな燭台を手に取り、棍棒のように持ち直して、歯ぎしりしながら扉に近づいた。
 「ドン・カミッロ、止まれ!」 キリストは叫んだ。「全員が立ち去らない限り、お前はここから出てはならないはずだ」*2
 「わかりました」 ドン・カミッロは燭台を元になおしながら言った。「仰せの通りにいたします。」
 そして、教会の中をうろうろ歩きまわった後、キリストの前で立ち止まった。
 「しかし、ここの中でなら、私は好きなことをしていいのですね?」
 「もちろんだとも、ドン・カミッロ。お前の家にいるのだから、お前の望むことをするとよい。窓の方に行き、連中に向かって鉄砲を撃つこと以外であれば」


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 三分後、ドン・カミッロは鐘楼のてっぺんの小部屋にいて、楽しそうに飛び跳ねながら、かつてこの辺りに一度も聞こえたことがないほど最悪な案配で、組み鐘の演奏を行った。
 発言を中断せずにはいられなかった弁士は、演壇の彼の後ろに立っていた街の首長を振り返り、激高しながら叫んだ。
 「あれを止めさせたまえ!」
 ペッポーネは頭を重々しく揺らして頷いた。
 「もっともな話ですな。さて、あれを止めさせる手段は二つあります。ひとつ、あの塔の下で地雷を炸裂させること、もう一つ、さかんに砲撃を加えることです」
 弁士はふざけるなと命令した。私がやって貰いたいことは、ただドアをぶち破り、塔を登るだけではないか!
 「それにつきましてですが」 ペッポーネはゆっくりと説明を始めた。「鐘楼へ登るには、踊り場から踊り場へと、梯子を伝って行くことになります。同志、あの、大窓から鐘撞き堂の左まで続いている杭が見えますでしょうか? これまで鐘撞き堂に登ろうとした男たちの、全員が全員引き返した階段です。しかも、一番上の上げ蓋を閉じてしまえば、鐘撞き堂にはもはや誰も入れないのです」
 「鐘撞き堂の窓に目がけて銃撃してみては!」と、例のやせっぽちが提案した。
 「そうだな」 ペッポーネは頷いた。「だが、最初の一発を撃つ時、彼が姿を見せていないとならないぞ。さもないと彼が撃ち返してくる。そうなったら俺はミンチだ」
 そうこうしているうちに鐘が静かになったので、弁士は演説を再開した。すべては上首尾に、そう、彼が立ち去り際に、まだ鐘撞き堂にいたドン・カミッロに何ごとか言うまで、問題なく運んだ。ドン・カミッロは即座に鐘を連打して反駁を始め、一旦止めた後、弁士が会場を立ち去る時にまたかき鳴らした。それらの調べは最後まで悲壮で愛国的な調子であり、ミンクルポップ検閲者*3のブザー音もかくやであった。


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 その夜、ドン・カミッロに出くわしたペッポーネは言った。
 「ドン・カミッロ、あんたは実にまあ、挑発で物事をぶち壊しにするのが上手ですな」
 「挑発なんてしていない」 ドン・カミッロは落ち着き払って答えた。「君たちが車のトランペットを吹き鳴らしたから、わたしは鐘をかき鳴らしただけだ。これこそ民主主義だとも、同志。もし、ただ演奏するだけで誰かの許可が必要だとしたら、それは独裁制だろう?」
 黙って去っていったペッポーネであったが、ある朝のこと、ドン・カミッロが起きて見ると、教会の真ん前に、つまり広場と前庭を隔てる敷居の50センチ向こう側に、回転木馬、ブランコ、射的、ジェットコースター、ゴーカート、お化け屋敷、他にも数え切れない見世物小屋が設営されているのだった。
 娯楽施設のかしこに市長のサイン入り許可証が貼ってあるため、ドン・カミッロはどうにも司祭館に引き返す他なかった。
 さてその夜、地獄のような有様が始まった。手回しオルガンにアコーディオン、スピーカーからの騒音、何かの破裂音、叫び声、歌声、ベルの音、口笛、地鳴りをたてる轟音、泣きわめく声・・・。
 ドン・カミッロはキリストの前に行き、抗議を始めた。
 「これは神の家に対する敬いの心の欠如ですよ!」
 「何か不品行な、あるいは騒ぎ立てるような問題でもあるのかね?」 と、キリストは尋ねた。
 「いいえ。回転木馬、ブランコ、ゴーカートなど、主に子供のための施設です」
 「だとすれば、これもまたひとえに民主主義的だな」
 「だったら、この酷いバカ騒ぎはどうなんです?」
 「合法性の範囲に留まる限り、バカ騒ぎもまた民主主義的だろうとも。教会の外のことは、市長が決めるものだ、我が子よ」


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 司祭館は教会よりも30メートル前にあり、しかも長い側の側面を広場に向けている。窓の外はちょうど広場に面していたので、そのあたりに据え付けられている機械はすぐにドン・カミッロの注意を惹いた。先っちょに皮製のキノコのようなものが付いた高さ1メートルほどの棒があり、その背後のもっと細長い円柱には、1から1000まで数字の打たれた文字盤が取り付けられている。
 パンチ力検査機であった。キノコに一撃を加えると、文字盤の針がその威力を示すのである。鎧戸の隙間から覗いていたドン・カミッロは、そのうちうきうきし始めた。夜11時頃の最高得点は750点で、まるでジャガイモいっぱいのずた袋のごとき一撃を見せた、グレッティ集落の牛飼い、バーディレの名前が入っている。するとそこに、いつもの取り巻き一同を引き連れた、同志ペッポーネがやってきた。
 周囲から人々が見物にかけつけ、揃って「頑張れ、頑張れ」と気勢を上げている。ペッポーネはジャケットを脱ぎ、袖をまくり上げると、機械の前に立って、拳で距離を確かめた。一同は静まり返り、ドン・カミッロさえも心臓が高鳴るほどである。
 拳が宙にひらめき、キノコを打ち倒した。
 「950点!」 係の男が叫んだ。「1939年のジェノヴァで、港湾作業員が出した以来の得点だ!」 熱狂した観衆はやんやの喝采である。
 ペッポーネはジャケットを羽織り直すと、ドン・カミッロが陰から覗いている、鎧戸の閉まった窓の方へと顔を向けた。
 「あんな風に備えておくといい、なんせ950点のパンチは暴風を引き起こすからな!」
 一同はドン・カミッロの窓の方を見て笑い始めた。ドン・カミッロは足をもつれさせながらベッドに逃げ込んだものの、次の夜も相変わらず、窓の陰で身震いしながら覗き見をしていた。11時、取り巻きを連れてやって来たペッポーネは、ジャケットを脱ぎ、袖をまくると、キノコにげんこつを食らわした。
 「951点!」 観衆は揃って叫び、ドン・カミッロが締め切っている窓の方を見てゲラゲラ笑った。ペッポーネもまた、窓を見あげて言った。
 「誰に言っているわけではないが、951点のパンチの大風には気をつけておかないとな!」


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 ドン・カミッロはすっかり熱を出してしまい、ベッドに横たわった。そして次の朝、キリストの前に跪いた。
 「イエス様、こんなことが続けば、私は破滅です!」
 「気を強く持って、耐えるのだ。ドン・カミッロ」
 その夜も、まるで絞首台に向かうかのような風で、ドン・カミッロは窓の方に近づいた。評判は既に一帯に広まっており、地域中の人々がこの見物を見物にやって来ていたのだった。ペッポーネが現れるや否や、人々の間に「ほら来た!」というざわめきが広がった。
 ペッポーネはちらと窓を見あげて嘲笑うと、ジャケットを脱いだ。彼が拳を振り上げると、人々は静まり返り・・・。
 「952点!」
 無数の瞳が窓を見つめているのに気付くと、ついに、ドン・カミッロはすっかり理性の光を失ってしまい、部屋から飛び出した。
 「もちろん、誰に言っているわけではないが・・・」
 ペッポーネが952点が引き起こす風の威力について語り終えないうちに、ドン・カミッロは彼の前に立ち塞がった。
 群衆はブーブーと不平を漏らしたが、それもまもなく静かになった。
 胸を大きく膨らませたドン・カミッロは、両足で地面を踏みしめ、帽子を投げ捨てると、十字を切った。それからその恐るべき拳を振り上げ、キノコにまるで棍棒のような一撃を食らわした。
 「1000点!!!」 群衆は大騒ぎである。ドン・カミッロは叫んだ。
 「誰に言っているわけではないが、1000点のパンチはこれくらいの暴風を引き起こすからな!」
 ペッポーネはすっかり血相を変えており、彼の取り巻きの男達といえば、半ば失望し、半ば怒りのこもった表情で、彼の顔をうかがっていた。群衆は嘲笑するばかりである。
 ペッポーネはドン・カミッロの目を睨むと、再びジャケットを脱ぎ、機械の前に立って、決然と拳を振り上げた。
 「イエス様、なにとぞ」 ドン・カミッロが口早に囁いた瞬間、ペッポーネの拳が宙にひらめいた。
 「1000点!!!」 観衆は一斉に叫び、ペッポーネの取り巻きたちは喜びのあまり飛び上がった。
 「1000点のパンチの引き起こす風は、誰にとっても迷惑だ。そよ風の方がいい」 誰かが上手いことを言い、騒ぎを締めくくった。


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 ペッポーネは大勝利の様であちらへ歩き去り、ドン・カミッロもまた同じ様子で、しかし反対側に歩いて、キリストの前に立った。
 「イエス様、ありがとうございました。さっきは気が狂いそうなほど心配だったのです」
 「お前が1000点を取れなかったら、という心配かね?」
 「いえ、あの石頭の野郎が、です。冷静ではいられませんでしたよ」
 「分かっていたとも。だから助けてやったのだから」 微笑みながらキリストは答えた。「ついでに言っておくと、ペッポーネも、お前が952点さえ出せなかったらどうしようかと、気が狂いそうなほど心配していたのだぞ」
 「ああ、そんなことだろうと思った」 ドン・カミッロはすっかりブーたれた。

*1:訳注:教会と敵対する社会主義者たちが対話を求めているのであるとすれば、それは偉大な進歩であるという意味か。

*2:訳注:ミサの際、典礼の最後に、司祭には信徒たちを立ち去らせる役目がある。

*3:訳注:MinCulPop あるいはMin.Cul.Pop、すなわちIl Ministero della Cultura Popolareの頭文字。国民文化省。1937年ムッソリーニファシスト政権下に成立した。郵便や出版物の検閲を行ったが、1944年に廃止された。この場合、放送中に不適切な発言等を隠す「ピー音」を暗示しているものと思われる。