Guareschi, Don Camillo:MONDO PICCOLO 8.IL TESORO

 保守反動的で乱暴ものの大男カトリック司祭ドン・カミッロと、元愛国的祖国解放ゲリラで現共産主義者の市長ペッポーネが仲良く喧嘩するシリーズです。おっさんしか出てきません。舞台はイタリアのポー川流域。頃は1950年代後半。詳細はこちらで。


ドン・カミッロ 第八話:宝物
 


 「やせっぽち」こと、山岳地帯ではペッポーネのもとで伝令を勤め、今では役場で働くようになった若者が、司祭館にやって来た。手漉きの用紙にゴチック体の活字と共産党のレターヘッドが入った豪華で大振りの手紙を携えている。

明日朝10時に解放広場で開催される社会的セレモニーに猊下の光栄あるお越しを頂戴したく、ご招待申し上げます。
同志市長ジュゼッペ・ボッタッツィ 書記官

 ドン・カミッロはやせっぽちの顔を覗き込んで言った。
 「同志市長ジュゼッペ・ボッタッツィ氏に、私は保守反動主義者及び富裕資産家層に対するその手の戯言を聞きに行くなどまっぴらごめんだと伝えてくれ。もう耳にタコができた」
 「いいえ、政治信条の話ではありません。愛国主義的、社会的問題についての話題なのです。それでも嫌だと仰るなら、あなたは民主主義というものを全くご理解いただいていないことになります。」
 ドン・カミッロは頭を重々しく振り、大声で言った。
 「そういう話であるのなら、なにも言うまいよ」
 「結構です。あと、司祭服を着て、諸々の道具を携えて来てくれとボスは言っていました」
 「諸々の道具?」
 「はい、バケツにハケです。祝福してもらいたいものがあるので」
 やせっぽちはこんなふうに、つまり特製の制服と悪魔じみた素早さを身にまとい、弾丸の乱れ飛ぶ山岳地帯をかすり傷一つ負わずに駆け抜けた頃の彼のような調子で、ドン・カミッロに報告した。そんなわけで、ドン・カミッロが投げた本がやせっぽちの頭があったあたりに飛んで行った時、彼はすでに司祭館の外で、一心に彼の自転車をこいでいた。


          *         *          *


 ドン・カミッロは立ち上がって本を拾い、鬱憤をぶちまけるために祭壇のキリストを訪れた。
 「イエス様、明日あすこで彼らがどんな悪巧みをしているかが分からないなんてことがあっていいものでしょうか。こんな不思議な事件は初めてですよ。例の用具にはいったいどういう意味があるのやら。連中が薬局からバゲッティの家までの草むらのぐるりに挿して回っている木杭に関係してるのでしょうか。いったいどんな悪魔の所行なのか」
 「我が子よ、もし悪巧みだとしたら、まずもって彼らがそれを公にするはずはないし、祝福してくれとおまえを呼ぶはずはないよ。明日まで辛抱するのだ」
 ドン・カミッロはその夜、広場に行ってみたが、草むらの周りに並べられた木杭と花綱の他には何も見つからず、やはり何も分からず仕舞いだった。
 朝になると、ドン・カミッロは足をがたがた振るわせた二人の侍祭を引き連れて出発したが、何かがおかしい。なにやら裏切られるような気がするのだった。
 一時間後、彼は疲れ切り、熱を出して戻ってきた。
 「何があったんだね?」祭壇からキリストが尋ねた。
 「髪の毛を逆立てるようなことです」 ドン・カミッロはぼそぼそと答えた。「戦慄すべきことです。楽隊、ガリバルディの歌、ペッポーネの演説、そして人民の家の礎石の据え付け・・・。そして私は、かの礎石に祝福をしなければなりませんでした。ペッポーネは満足感で爆発しそうでしたとも。あのクソ野郎にたった二言のために呼びつけられたおかげで、私は万衆の前でお説教までさせられたのです、そう、あれは奴の政党が勝手にやったことにもかかわらず、あのろくでなしは、まるで公共のイベントであるかのように紹介して・・・!」
 ドン・カミッロは無人の教会の中をあっちこっちへと歩き回り、最後にはキリストの前で立ち止まった。
 「わるい冗談だ」 ドン・カミッロは大声で言った。「集会場、講義室、図書室、体育館、救急診療所、そして劇場。しかも屋外グラウンドとボウリング場を併設した三階建ての超高層ビル。経費はたったの1000万リラぽっちですって」
 「けっして高くはない。現実的な価格だとも」
 ドン・カミッロは長いすの上にへたり込み、いかにも悲しそうにささやいた。
 「イエス様、どうして私にそんな嫌がらせをするんです?」
 「ドン・カミッロ、戯言だぞ」
 「いいえ、戯言ではありません。私はここに文書館と青年集会所、回転木馬とブランコを備えた子供のための広場、加えて可能ならばカステッリーナにあるような小さなプールを増築するため、僅かばかりのクワットリーノ硬貨*1を賜るよう10年間もあなたにお願いしつづけています。会う度に喜んで平手打ちの雨を降らしてやりたい程のしみったれのゲス野郎の金持ちどもに10年間もお世辞を言い続けるほどに身を粉にして働いてきました。200回もロトくじを引きましたし、2000軒の扉を叩きましたが、何にもなりませんでした。ところがあの、不敬もののろくでなしどもがちょこっとやってみれば、1000万リラが空から鞄に降ってくるじゃないですか」
 キリストは頭を振った。
 「あのお金は空から降ってきたものではない。大地から見いだされるものだ。私とは何の関係もないぞ、ドン・カミッロ。すべて彼の率先した自発的行動のおかげだ」
 ドン・カミッロは腕を広げた。
 「とすると、話は単純です。つまり、わたしは惨めなまぬけだということですね」


          *         *          *


 ドン・カミッロは怒鳴りながら司祭館の自室へと歩いていった。だが、ペッポーネが道行く人を襲ったり、銀行の金庫をこじ開けたりして1000万リラを得たとは思えない。
 「あのイタリア解放直後の日々、山岳地帯からここまで降りてきたペッポーネは、プロレタリア革命も間近だと考えて、臆病なお歴々たちの怖じ気に乗じ、金品を巻き上げたんだ」
 しかし待て、当時、確かにお金持ち達は誰も街にはいなかったけれど、代わりにペッポーネたちと一緒にやって来たイギリス軍の分隊がいた。ドイツ野郎どもと入れ替わりにお金持ちの豪邸に陣取ったイギリス人たちは、長いこと街に居座って、めぼしい金品をまるっぽ持っていったのだった。とすれば、ペッポーネがお金持ちから1000万リラを略奪できたはずはない。
 あるいは、あのお金はロシアから融通されたものでは? 馬鹿馬鹿しい。ロシア人どもがペッポーネなんかに気を配るはずがないではないか!
 「イエス様・・・」 ドン・カミッロは結局、キリストに哀願しに行った。「ペッポーネはいったいどこであのはした金を見つけてきたのか、教えてください」
 キリストは微笑みながら答えた。
 「ドン・カミッロ。まさか私を私立探偵か何かと勘違いしてはいないかね。おまえの心の中に真実があるというのに、なぜその真偽について神に尋ねる。自分で答えを探すのだ、ドン・カミッロ。ひとつ、気晴らしにでも、街に出掛けて来たらどうかね」
 次の晩、街から帰って来たドン・カミッロは、ひどく興奮した姿でキリストの前に姿を現した。
 「どうしたね、ドン・カミッロ?」
 「気違い沙汰です! 私は死人を見たんです。それも道の上で、はっきりと!」
 「ドン・カミッロ。落ち着いて、冷静になるのだ。普通、道で出くわす死人というものは、生きているものだ」
 「そんなはずありません!」 ドン・カミッロは叫んだ。「あれは絶対に死んだ死人です。なぜって、私自身があれを墓場まで運んだんですから」
 「もしそうだとすると、何も言うことはない。恐らくお化けのたぐいだろうとも」
 ドン・カミッロは肩をすくめた。
 「いいえ! お化けなんてものは、馬鹿な女どものカボチャ頭の中にしかいません!」
 「とすると?」
 「ううむ」


          *         *          *


 ドン・カミッロは考えをまとめ始めた。件の死人は痩せた若者で、ペッポーネの一団と共に山から下りてきた男だった。頭を負傷しており、酷い有様だったので、彼らによって、かつてはドイツ軍の司令部であり、現在はイギリス軍のそれになっている、ドッキ邸の1階に安置された。そして、今やこのけが人のものである部屋の隣室で、ペッポーネは彼の部隊の指揮を執っていたのだった。
ドン・カミッロははっきりと覚えていた。この邸宅は三重のイギリス軍の歩哨に取り囲まれており、たとえハエの一匹たりとも、出ることも入ることもできなかった。まだ遠くない場所で戦闘が続いており、イギリス人たちも自分の命は惜しかった。
 事件はある朝に起こった。未明に件の若者が死んだのである。真夜中ごろペッポーネはドン・カミッロを呼びによこしたが、ドン・カミッロが到着したとき、彼はすでに冷たくなっていた。イギリス人たちは建物の中に死体を置いておくのを嫌がったので、正午ごろ、この可哀想な青年の遺体を収め、三色を染め抜いた祭壇布に覆われた棺は、ペッポーネと三人の手下の腕に抱えられて館を出て行った。イギリス分隊は、ありがたくも、礼砲で見送ってくれた。
 彼の葬儀が感動しきりであったことも、ドン・カミッロは覚えている。棺は砲架に乗せられ、市内をぐるりと廻ったのだ。
そして、墓地での説教は、棺が穴に下げられた後、ドン・カミッロ自らが行った。人々は涙を流し、ペッポーネもまた、最前列でしゃくり上げて泣いていた。
 「いざとなれば、わたしはちゃんとできるのだ」 ドン・カミッロは話を思い出しながら満足した。それから、話の本筋に立ち返って、こう締めくくった。
 「これらのことから、今朝わたしが街で出会った痩せた青年は、私が墓地に運んだ若者に間違いないと誓うことができます」
 といって、彼は呟いた。
 「なるほど、そういうことか」


          *         *          *


 次の日、ドン・カミッロはペッポーネの事務所へと向かった。ペッポーネは自動車の下に腹ばいになり、何ごとか作業をしていた。
 「ごきげんよう、同志市長。わたしが二日前から君の人民の家の図面について考えた結果について、話しに来たんだ」
 「どう思いました?」
 「一言で、素晴らしい。決心がついた。プールと庭とグラウンド、劇場等々を備えた娯楽場の設立は、君も知っての通り、わたしも長い間、頭の中で暖めていたものだ。幸多き日曜日に、礎石の据え付けを行おう。市長として君にも出席して貰えると、とてもありがたいよ」
ペッポーネは車の下から出て来て、油で汚れた顔を作業着の袖で拭った。
 「喜んで。なにとぞよろしく」
 「よろしい。それでは取り急ぎ、君の図面のうち少しばかりを縮小してみよう。私の気性からすると、ちょっとばかり大きすぎるのだ」
 ペッポーネは唖然として司祭を見つめた。
 「ドン・カミッロ、あんたはボケたのか?」
 「わたしがあの死者の家で執り行った、愛国的な説教つきのお葬式の時ほどではないよ。どうやらあれはうまく閉じられていなかったらしい。というのも昨日、街へ散歩に行った時に、死人と出会ったのだ」
 「何が言いたいんです?」
 「何も。ただ、あの箱、つまりイギリス人たちが部隊を並べて見送り、わたしが祝福を与えた棺は、かつてはドイツ軍の司令部があったドッキ邸のワイン倉から君がかき集めた品で一杯だったわけだ。そう、あの死人は生きていて、屋根裏に隠れていた」
 「ああ!」 ペッポーネは唸った。「またいつもの話だ! あなたはパルチザンの活動を貶めようとしている!」
 「パルチザンの話は放っておくんだ、ペッポーネ。わたしにはどうでもいい」
 そうして、ぶつぶつと脅しの文句を吐き続けるペッポーネを残したまま、彼は立ち去った。


          *         *          *


 その夜、ブルスコ他二名の大男を従え、また棺を携えて、ペッポーネは司祭館にやって来た。
 「あなたの当てこすりはそれほどあたってはいない」 ペッポーネは陰鬱な様子で語った。「あれはすべて、銀器類、カメラ、楽器、金、といった、ドイツ人たちが略奪したものだった。もし我々が奪わなければ、イギリス人たちが持っていったはずだ。持ち出す唯一の方法だったのだ。ここに品目の一覧と、その証人を連れてきた。1リラたりとも手をつけたものはいない。1000万リラが掘り出され、1000万リラすべてが人民のために支払われるのだ」
 血気盛んなブルスコはそれが真実であると主張するために控えており、もし必要であれば、ドン・カミッロをどんな目に会わせれば良いか、これ以上なく了解している気配であった。
 「そうだな」 とドン・カミッロは答え、広げていた新聞を床に落とした。彼の右脇の下に現れたのは、かつてペッポーネが所有していたあの有名な機関銃である。
 ブルスコは青ざめて一足飛びに退き、ペッポーネは腕を広げた。
 「ドン・カミッロ、これは喧嘩をするようなことだとは思えないぞ」
 「わたしもそう思う。むしろ、私は完全に君たちに同意しているのだ。掘り出された1000万リラは1000万リラとも人民のために使用されなければならない。7割を君たちの人民の家に、3割を私の、人民の子供のための庭にね。SINITE PARVULOS VENIRE AD ME*2:子供たちをわたしのところに来させなさい。私は単に、私の取り分を要求しているだけなのだ」
 四人は低い声で意見を交わし、それからペッポーネが口を開いた。
 「あなたがそのロクでもない道具を脇の下に抱えていなかったなら、我々はこんなのは宇宙で一番卑怯な脅迫だと答えたところなのですが」
 次の日曜日、ペッポーネ市長は全ての役職の面々と共に、ドン・カミッロの児童公園の礎石設置式に出席した。あげくにスピーチまで行うはめになったものの、ドン・カミッロへのちょっとした悪口を挟むことも忘れなかった。
 「この礎石はきっとあなたの首にくくりつけて、ポー川にでも投げ捨てられたほうがマシだったでしょう」


          *         *          *


 その夜、ドン・カミッロは祭壇のキリストを訪問し、一連の騒動を報告した。
 「さて、いかがお考えですか?」
 「おまえにペッポーネが答えた台詞と同じだ。もしおまえがその手の中にロクでもないものを持っていなかったなら、あんなのは世界で一番卑怯な脅迫だと私は言っただろうな」
 「しかし、私の手の中になんて、ペッポーネが渡してきた支給手当しかありませんよ」 ドン・カミッロは抗議して言った。
 「それだ」 キリストは囁いた。「わたしがお前を酷使できるように、その300万リラで、お前は多すぎるほどの善行を積むのだろう?」
 ドン・カミッロはお辞儀をすると、子供でいっぱいの公園の夢を見るためにベッドへ向かった。その公園には回転木馬やブランコがあり、ブランコの上にはペッポーネの一番小さな息子が乗っていて、小鳥のようにさえずっているのだった。



第九話へ

*1:訳注:銭や厘といったイメージ、ここでは皮肉を込めてはした金と訳している。

*2:マタイによる福音書19章14節。sinite(sino)許す、妨げない parvvlos子供たちが venire来る ad me私に。