リコール 2

 「えっと、ーーさん?」


 教卓にほど近い席で帰り支度をしていた彼女は、目を比較的まんまるに開いて振り返った。正面からしっかり見ると、それほど美人というわけでもなく、むしろ愛嬌のある顔をしていて、それでも大きな涙袋と、通った鼻筋の印象的な、ちょっと日本人離れした気配がある。


 彼女が何も言わなかったので、僕もどうしたものかと考えあぐね、とりあえず彼女の顔を見つめることにした。にらめっこは、居たたまれなくなった彼女が、思っていたよりハスキーな声で、「はい?」と言うまで続いた。


 「ああ、I君って知ってるかな、君のいっこ前に入校してて、メルアド交換したとかいう」
 「ええと・・・」
 「彼が、ーーさんからメールが来ないって言ってたから、また送ってあげてよ」
 「はあ・・・」
 「・・・それだけ」
 「はあ・・・」


 じっと僕の目を見つめてから、ふと視線をそらした彼女の横顔は、やっぱり美人と言っても言い過ぎではないように思えて、僕はどうやら、彼女に話しかけるきっかけが欲しかっただけだったことに気づいた。そして、このやり方はどうにもうまくなかったな、ということにも気づいた。


 とにかく、挽回せねばなるまい、と決めた。


        *        *        *


 「初めて会ったときとか、最初のころ、この人とは絶対あわへんと思った人に限って、あとでなんか仲良くなったり、逆にすごい感じがいいと思った人が、あとですごい嫌いになったりするのは、なんなんやろ」
 「うん、あるなあ」
 「・・・この人いったい何言うてはんのやろって思ったわ、最初話しかけられた時」
 「うーむ」
 「いらんことばっかり言う、嫌な人やと思ったわ」
 「そうやったのか」
 「そう」


        *        *        *


 取り急ぎ、感じの良さそうな同期に声をかけ、メーリングリストを結成した。


 なにせ斜陽業界であり薄給での過酷な労働であり、同じ釜の飯を食う者同士連帯することは、我々の未来のために損にはならないだろう、という僕の呼びかけに10名ほどが集まった。目的は勉強会や研修の告知、情報の共有、そして飲み会である。彼女も名前を並べてくれていた。僕はこっそり、ガッツポーズをした。


 あとは良くある話で、みんなで〜しようを建前に、僕は彼女をあちこちに引っ張り出した。それこそ、休みのたびに何かしているくらいの勢いで。


 不思議ではあったのだ。あまりに気軽すぎるというか、もう少しもったいは付けてもよいのではないかというくらいに、彼女は色々な僕の提案に首をたてに振った。そして、あまりに週末の予定が自由すぎた。


 そして初秋、僕が教室でお茶を飲んでいるところに彼女が現れ、一枚の紙を見せてきた。「今月末、この業界若手が集まって、なんか将来を考えるみたい。合コンもあるらしいよ?」


 当時、彼女の中では、僕=合コンしたがりという等号がうたれていたらしく、チラシに合コンと書かれているのを見て、まず僕に教えてあげなければならないと義務感を感じたという。複数の意味で、僕が飛びつかないわけはなかった。他の同期も誘って、ぜひ参加しよう・・・。うん・・・。



 そして、結果的に、僕と彼女は、二人きりで出かけることになった。