例えばそんな日常

「とりあえず日本で手に入るイタリア日常生活を謳った本はみんな嘘っぱちだね」と彼は言った。これは彼が言ったことにすれば比較的角が立ちにくいかというCのささやかな気遣いである。マジでそんなものじゃないよ、どこぞのマダムが書きましたみたいな新書が巷にゃ一杯でてるけど、どれも良いことばっかりで、あの花のフィレンツェの駅前では53秒に一回盗難騒ぎが起きてるとか、イタリア人は5分に一度はちんこって言うとか、そういう本当のことは誰も書かない。
ナポリでは荷物を全部宿に置いて襟ぐりの伸びきったシャツでポケットに手を入れて歩きましょう、そうすれば物売りも近寄ってこないし超安全」みたいなさっぱり役に立たない知識はともかく、あんまりイタリア生活万歳みたいな本ばっかりだからフィレンツェの語学学校には日本人ボンボン閥が出来て毎晩食べ歩きするわ勉強しないわで初級コースばっかり人数が増えるわ、気付いたら30過ぎてて人生どうしようと思ってる独身女性が心機一転職場を退職したりなんかしてうっかりイタリアみたいなところに来ちゃったりするんだね。本当にどうするんだろう。
ちっとも良いところじゃないんだ実際は。むしろかなり酷い国だって言えるんじゃないかな。長年の観光業のおかげで人当たりだけは上手だから旅行客には素晴らしいように見えるんだろうけれど、現実はもう誤魔化しと帳尻合わせばっかり、言うなればピサの斜塔を倒さない程度に直さないようにしてるんだね。そこから逃げる手だてを知らないと大変な目に遭うよ。事実、毎年たくさんの日本人がイタリアにやってくるけど、3人中2人は怒って帰っちゃうね。残りの一人だって怒りながら滞在したりなんかして、わけがわかんないね。案外マゾなのかもしれないなあ。13年目だけど。
いっそのこと僕が書いちゃおうか。日本じゃ最近ツンデレカフェとかいうのが流行ってるんでしょう? だったらジェノヴァにすごいツンデレオステリアがあるよ。二年前だったかな。月曜の夜に行ったんだけど、入るなり「なによあんた達、こんな夜更けにやって来て」だもの。客を客だと思ってないね。それでも何とかメニューを持ってきてくれたと思ったら「これとこれ、これにしなさい、良いわね?」ってみんな勝手に決められちゃった。仕方ないからセコンドを選ぼうかとしたら「何あんたたち、セコンドまで食べようっていうんじゃないでしょうね、厚かましい!」みたいなこと言うし。よっぽど僕ら客ですけどって言おうかと思った。
ああ、もう一度行きたいなああそこ。名前…?名前なんだっけ、Da Marco…忘れちゃった。とにかく3人の魔女みたいなお婆さんたちがやってるんだ。うん、連れてった日本のお偉いさんにはさっぱり分かって貰えなかったけどね。すんごい憤慨しちゃってね。あの面白さがわかんないと人生つまんないだろうねえ。でも結局最後までツンツンしてたね。ツンツンっていうの?じゃああれはツンツンオステリアか。そりゃダメだねえ。