総評:ローゼンメイデン (無印)

ローゼンメイデン 1 [DVD]

ローゼンメイデン 1 [DVD]

見た目に反し実に正統的な少年漫画系アニメである。悪役が悪さをすることにちゃんと理由があるかと思えば、ヒーローにもヒーローなりの過ちがあり、考えてみればあいつも可哀想な奴だった、俺はこれからはもっと優しくなろう。悲しみを胸に彼はまた一つ人生の階段を登った。とかなんとか、『熱血専用!』のサプリメントにできそうだ。*1

実際この喧嘩両成敗的中庸指向は日本の良心ではないかと思う。アメリカの映画なんかにはまず見られないバランス感覚である。『火垂るの墓』を見たアメリカ人が感心するのは実にこの点らしく、そこで彼らが見出すのはアメリカ軍の姿でも日本人の姿でもなく、いちおう国籍不明の爆撃機からの焼夷弾で燃え上がる日本人っぽい民間人なのである。*2

背景についてはそれぞれに言い分はあろう。けれどもあのアニメを見た人の大部分はおそらく、敵味方がどうだという話をする気にはなるまい。*3 そういうレベルを越えて、一種人類そのものへの憐れみの境地に達してしまうのではなかろうか。O, Nobis Peccatoribus,とかそんな感じである。この視線はちょっと世界に類を見ないものだと僕は思う。それも、漫画で。

ローゼンメイデンで視聴者が見出すものは、祖国万歳でもなければエイリアン来襲でもなく、あるいは不具のために世をはかなんだ少女と、彼女を傷つけ、排除してしまわざるを得なかった社会の姿かもしれない。仕方がないで済まされる問題ではないが、本当に仕方がないことは存在する。それでもその痛々しい結末は、やはり見る人に問いかけて止まない。欠けているものは何なのか?

結局のところ、良いお話だ。あまり省みられないのが気の毒である。確かに、若干脅迫気味にキリスト教的愛をちらつかせている気配はするけれど、そんなのは別に南無阿弥陀仏的無常観でもなんでもいいのであって、*4 要するに人間の弱さや運命の非情さ、そんなものを通して、一種の感慨じみた自問に導く思考装置として十分機能している。

もちろん冒頭に述べた通り、単純に少年漫画としても面白い。笑ったり泣いたり燃えたり萌えたりすることができる。様々な受け止め方ができるのは、よく考えられた物語の特徴でもある。また様々な伏線が投げられたままだという声もあるが、僕はあまりそうは思わない。伏線を回収するもしないも、ある程度は読者に委ねられた自由だろうから。*5

もしそうだとして、ミステリーは本来的に「神の作り給いし世界の神秘」を現す言葉だった。解き明かされるべきは空想の犯人でも精緻なトリックでもなく、人間の生きるこの世界の尽きせぬ謎である。あらゆる伏線が世界の神秘に繋がっているのだと仮定すれば、それらは打ち棄てられているのではなく、未だ彼が出会わぬ解を待っているに違いない。物語はまだまだ無限にある。

*1:というTRPGルールブックが昔あった。無駄に恥ずかしいプレイを推奨するシステムで、あまり流行らなかったのは少し恥ずかしすぎたからではないかと個人的に思っている。

*2:逆に言うと、あの国ではこんな生ぬるい感傷の持ち主はとても生きて行けないのである。アメリカという国が世界中で嫌われながら、それの生み出す文化がそこそこ愛されているのは、どうもこのあたりに理由がありそうだが。編隊飛行するB52、投下される焼夷弾の雨のシーンの現実離れした美しさと、その下を逃げまどう人々の現実、ウジのわいた母親の顔とのギャップについての投稿群は特に印象的。

*3:アニメ関連のネットフォーラムで『火垂るの墓』ネタが登場すると、10件に1件程度は「日本の自己憐憫は許し難い」の手の記事も投稿されるが、まあ、うん、そうかもね。

*4:実際親鸞上人あたりに行くともう同じこと言ってんじゃないのって気がする。

*5:あるいは伏線を回収するべく筆者が行う努力の、少なくとも1/10くらいは読者にも努力が求められていいんじゃないかと思う。もちろん、結果が平等であるとは限らない。