[ハルヒ] 

もしハルヒが噂通り世界全てを完全に自分好みに変えてしまう力を持つのであれば何がどうあれ本作は何もかもハルヒの自作自演に過ぎず、キョン他全ての存在及びこの世界自体は空しい。そこでもしも本作の焦点がハルヒによるキョン獲得であり、そのため彼女は世界の全てをその目的のためにアレンジできるけれど唯一キョンだけには干渉できないのだと仮定すれば、結果的に世界の存在意義の有無はキョンの判断(y/n)のみにかかってくるため彼女の能力自体に絶対的な意味はなく、そのくせ世界は可能な限り彼の好みに合わせて変成されるだろうから、キョンにとってはまさに夢のような環境だとしてもハルヒにとってそれが楽しいとは限らないという、いかにもハルヒ世界的な現実に辿り着くように見える。


もちろん操作できぬ対象としてのキョンの獲得が果たして本当に彼女の至上命題かという点には疑問の声もあるかもしれないが、もしキョンの獲得があくまで二義的な要素であり彼女はもし必要なら彼を排除してでも最終的に自分の楽しみを優先するのであればそれはつまり冒頭に述べたハルヒの自演に他ならず、それが不可能であるために彼という存在はやはり彼女の世界において絶対的に最高位かつ本質的に不可侵である必要がある。いかにも無駄にヒロイックっぽい設定だ。ただし根本的に、どうしてキョンはそこまでして獲得されなければならないのかに明確な理由がないために、冷静に判断すると彼が世界最大の棚ぼた男であることを否定できない。


確かにキョンという存在の持つ設定が彼女の万能世界秩序の外にあるという意味で彼女の希望であるところの異次元人(異世界人)に合致し、彼は彼女が生み出し得なかったという意味のみに置いて彼女の生み出し得た他三名にはカバーし得ない性質を持っているから彼女の面白世界完成のために彼はどんな犠牲を払おうと必ず獲得されなければならないのだ、というむやみに長い説明は一見尤もではあるけれど、だからといって自分自身にとっての面白さをないがしろにして、どころか世界の命運までも預けるほどに彼を優先するのはそもそもの目的であるところのそれと矛盾する。むしろ彼はとにかく獲得されなければならないから全ての理由が後付けられたのだと見た方がまだそれらしい。


つまりハルヒハルヒ世界に存在しているが故に異世界人を創造することはできず、そこにふらり偶然訪れたキョン世界からの異邦人キョンに理由抜きでうっかり心底惚れ込んでしまったのである、ああ少年少女の出会いとはまさに運命そのものであり、その関係は異文化をはるか越えたまさに異世界コミュニケーション、そんな恋する二人のためだけに世界はあるのだ、などと胡散臭いまとめをしておいたほうがまだマシに思える。この際どうしてキョンなんだと言う単純な疑問には目を瞑らせて貰おう。少なくとも自作自演に飽きた全能神ハルヒが最後の賭けとしてキョンという諸刃の剣を自分自身に突きつけた、みたいな可能性についてはもはや考えたくもない。


なにせ全能神が自らを賭けることが可能なのかどうなのかどころか、全能神がどんな気分でいるのかさえ僕にはさっぱりわからないし、そもそものところハルヒはどこをどうとったって全能でもなければ全知でもないただの奇抜で素敵な少女である。彼女らの世界を統べる存在、例えば超監督ハルヒがいるとしてもそれは少なくとも涼宮ハルヒの意識とは無関係なのだから作中のハルヒ自身は果てしなく無力な悩める少女に過ぎないし、キョンに至っては古泉が何度も言う通り、主人公である以外にはなんの変哲もない普通の少年である。それらを棚上げにして世界変革だの神だのの可能性についていくら語ったところで、議論はその本質から外れていく一方のように見える。


そう、「鍵」だとか「神に選ばれた」だとか「世界の危機」だとか、ここまで優先度を上位にしてもらって据え膳を整えて貰って、つまるところ壮大な言い訳を何もかも用意してもらってやっとイエスが言えるというキョンの男前っぷりと来たらどう言ったものか。一人称で語る彼が読者の依り代であるのは今更言うまでもなく、結局のところ、なんだかんだ言って本作は恋に怯える乙女チックな少年のための安全弁に満ちた恋愛ファンタジーであり、その意味で骨の髄まで日本国純情青年男子向けハーレクインであるところのラノベのまさにそのエッセンスであると僕は思う。それでも格好良くキスをするだけ現実よりマシなのか、それでも「好きだ」とは言えないヘタレなのか、その辺りは少し議論の余地があるとしても。