補足:DPC考

DPCは読んだのですが、その存在自体を忘れていました。
実際、本編にもまだいくつか謎が残っています。

たとえば
・結局フォーニとはなんなのか
・どうしてクリスはアルだけを見分けられたのか

…ともあれ、お返事に移ることにしましょう。

>なりたい自分に、なればいい。
これがどういう意味を持つセリフだったのか。それが重要です。


■DPC36ページ 『雨のはじまり』

霊体アルのセリフ。
『ああそうか、私はすんなり納得した』
『だからクリスは、トルタには自分は必要ないなんて、馬鹿な想いを持つようになったんだろう』

この時点で、アリエッタとしてのアルが、意識してクリスの目を引く行動をとったのではないことが読み取れます。しかしそれは、けして「アリエッタがクリスの目を引く行動を取らなかった」ことを意味するのではありません。それどころか、彼女はクリスの想いを「馬鹿な想い=偽り」と断定しているのです。

「歌うことは好きだったが、私にはその才能がなかった。」
「その歌声は、以前の私とは似ても似つかなかった」

「ファータ。飛べない、愚かな妖精。これが、本当に私の望んだ姿だったのだろうか」
彼女は悩んでいます。彼女が今ここにいること。それは、「愚かなこと」なのです。
彼女はそれを知っていて、自分でその過ちを認めているのです。

「あ・・・う・・・アル?」
「その夜、その声を聞かなければ、私はそのまま消え去っていたかもしれない。」
「クリスは事故のことだけを忘れている。トルタと三年間、今まで以上に親密な時間を過ごせば、きっとクリスはトルタのことが好きになる。それはクリスにとってよいことなんじゃないだろうか?」

でも!

でも・・・・。
でも、それは・・・・嫌だ!

「私は、もう意識を取り戻すことはないだろう。私だと自覚する存在がここにいるのだから。」
「そして、どんなことをしても、私は自分の体に戻ることはできなかった」
ここが重点です。
フォーニは、もう自分の体に戻ることはできない、と、自分で語っています。
そしてそれは、この悲劇が確定してしまった、もう戻せないものであることも意味します。
そんな状況で、泣き叫ぶフォーニの…アルのココロを、誰が責められるでしょう。

「身を引けば良い。そうすれば、クリスはトルタと幸せになるだろう」
「それに反論する声を、私は胸の奥で押し殺した」

彼女は本当はクリスといたい。それは当たり前の想い。だが、それはクリスにとって良いことではない、それもわかっている。だけれど

「私はクリスと一緒にいたい」
「なりたい自分に、なればいい」

それは、かつて押し殺していた、フォーニとしての自分。アルが一番なりたくて、一番なりたくなかった自分。まるで妖精のようなその「歌声」は、世界自体を塗りつぶすほどの魔力を持つ存在。そして、クリスと一緒にいるために、「死んだ後まで皆に笑われることになる」ほどの愚かな過ちを犯す自分。そして、その結末を全て理解している自分。

「フォーニ。飛べない妖精。その物語の結末は、私にとってけしてハッピーエンドではないだろう。」
「でも、クリスが幸せでいてくれるなら、それでいい」

そう、それは「けしてフォーニにとってのハッピーエンドではない」。
物語には、まさに、雨が降り始めたのです。
「クリスが幸せでいてくれるなら、自分は不幸せでもいい」と、
アル=フォーニが呟いた瞬間に。
だからその雨、「虚偽の天蓋」によって隠され、
この世界を覆い尽くす雨は、
クリスのココロに降る雨ではありません。

そしてこの事実こそ、たぶん、最後の、そして最初の「偽り」の正体なのです。

(ここまで 『DPC/雨のはじまり』 より)



■DPC『妖精の本』

引用
>歌うことは好きだったが、私にはその才能がなかった。
>歌いたかった自分、なりたかった自分。
>なりたい自分に、なればいい。トルタのピアノに合わせて歌ったときのことを、私は忘れていなかった。
>今までは、自分がどんな音を出しているのかもよくわかっていなかったのだろう

「アリエッタが抜けたことで、先生は残りの二人に相応の曲を演奏させるようにしたのだろう。それだけの資格が二人にはあるのだと、アリエッタは誇らしげな思いさえいだいていたのだが、のこされたふたりはそうは思っていないらしかった」

「相応の曲」というのは、「クリスとトルタに相応しい」という意味であって、言い換えれば「アルのレベルに合わない」という意味でしかありません。だから、そこには別の読み方が存在します。さらに「この世界に、もちろん妖精は存在しない」と書かれている。これはとても示唆にとんだ著述だと思います。妖精の存在しない世界で、妖精は、その「存在自体が嘘」なのです。

アルには、少なくとも「音楽を聞く良い耳」はあった。それはつまり、「嘘を聞き分ける良い耳」です。だからこそ、彼女は、時折はっとする指摘を挟むことができたのでしょう。しかし彼女には「才能」がなかった。いや、ないと思いたかった。なぜならその才能こそ「嘘を付く」ことであり、そして彼女のそれは余りに段違いであったからこそ、「クリスとトルタレベルの歌」には相応しくなかった、ととらえることも可能です。

しかしアルは、そんな大嘘付きの自分というものを(おそらく無意識に)嫌っていたのでしょう。自分の嘘を封印し、普通の人間として生きることを選んだ。だって、最愛のクリスを手に入れることができたのですから、これ以上何を求める必要があるのか。しかし、事故が全てを変えてしまいます。アルはもう、自らの内に封印していた、一番嫌いな自分でしか、自分の世界を救えない。それは大嘘つきのアル、その紡ぐ言葉、言うことの全てが何らかの周囲に影響を与える、一種の魔法使い、妖精のアル=フォーニです。しかし、そんな「アルの押し殺された側面」の化身であるフォーニでさえも、「それまでのアル」、トルタの優しい姉である彼女を内に含んだままなのです。

1/7 SR本編『al fine』
(フィルム――トルティニタ) 風邪の思い出
フォーニ「ないてるの?」 ← 文字では表示されない
「じゃあ、もう一度歌ってあげようかな」
そしてまた、アルは歌い始めた。
「綺麗な歌声で。美しい旋律を。」

このシーンこそ、フォーニの中の、「姉さん」としてのアルが現れています。
フォーニはアルであり、アルそのものではない。しかし、やはりフォーニはアルなのです。二人は一つの存在の、「優しいアリエッタ」の、別の側面でしかないのです。
ああ、けれど、それでも、アリエッタ、彼女は事故に遭いました。


「なぜ、彼女が死ななくてはならないのか?」に対する答えは「運命」であり、むしろ「ここまで生きてこられたこと自体が奇跡」なのです。「本来あり得ないこと」なのです。それは、かろうじて許された小さな過ちであり、しかし、やはり、それ以上は「嘘」でしかないのです。だから、フォーニは死ななくてはならない。アリエッタとして、その愛のために。



『以下、アリエッタ=フォーニへのレクイエム。』



DPC『妖精の本』
「愚かなやつだ。死んだ後まで、皆に笑われることになるぞ」

「たぶん、私は、この世界で一番愚かな妖精になるの」
「おまえは、道化になりたいのか? それが本当の望みなのか?」

「私は、私のなれる何者かになりたかった」

(「例えそれが道化でも、ただの飛べない妖精であるよりは、遥かに良かった」)
(「本当は、もっと別の何かになれれば良いんだけれど、それももう、無理だから」)

「私はいつも笑われていた。飛べない妖精。地を這う妖精。どうせ道化なら、最後までその役を貫き通すも良いだろう」
「その最後に、とびきり愚かで、笑えることをすればいいじゃないか」

「きみには歌があるじゃないか」
「それは、誰にでもあるものじゃない」
「きみの歌声は素晴らしい」
「あなたたちと・・・他の妖精と同じくらいには素晴らしいかもしれないね」

ファータの歌声は、普通の妖精レベルには素晴らしかった。
それはけして「普通の人間レベル」ではないことに注意してください。

ファータの言葉は、真実だった。きっと、ファータが皆と同じように、普通に飛ぶことの出来る妖精だったのなら、誰も彼女の歌声が素晴らしいとはいわなかっただろう。
「もともと、妖精の歌声は素晴らしいのだ。」

そう、もともと、アルが(=フォーニ)持つ歌声は、妖精レベルの素晴らしさだったのです。それはけして、人間の持つそれではない。だからこそ、彼女はクリスやトルタと同じ練習ができなかった。同じように歌おうとしても、うまく行くはずがない。彼女は妖精なのです。舞い上がれないとしても、空が飛べるのです。

(「私があのままベッドの上で消えてなくなったとしたら、私の存在はいったい何のためにあったんだろう」)

「飛べない愚かな妖精が、飛ぶためにこの谷に身を投げたら、その愚かさゆえに、私は誰かも忘れ去られない存在になるだろう ある者は笑い、ある者は嘲り、…そしてある者は、私を憎むだろう」

(「――そして、私のことは語り継がれていくことになる。例え私が死しても、私を愛してくれた人たちが死しても、その話だけは消えないだろう」)

「一緒に行っても構わないか?」
「あなたたちには、私の愚かさをみんなに伝えてもらわないと」

「ファータは、彼女が望む何者にもなれなかった」
「ただ彼女が一番嫌っていた、飛べないファータという存在のままだった」

繰り返される言葉。
彼女の行いは、どうしたって、「愚か」な「過ち」でしかありませんでした。
…でも。

「しかし、少なくとも彼らは、死ぬまでファータのことを忘れたりはしなかった。
その愚かさのためではなく、彼女への憎しみでもなく、その愛によって。」




■最後で最初の「嘘」 そして真実。
クリスがアルだけを見分けられた理由。
それはたぶん、クリスは、本当に、アルが好きだったから。
そう、アルの悲しい思いこみ、「クリスは私がトルタより心配だったから、ただそれだけの理由で、私を選んだ」という、彼女自身が『馬鹿な想い』だと決め付けた認識。それこそ、アルがただ一つ読み取り損ねた『真実』であり、『偽り』でした。
そう、本当に「馬鹿だった」のは…


アリエッタ。彼女は間違いなく、クリスに愛されていました。


SRは、どこまでも、悲しくて、切なくて、暖かいお話だと思います。
私は、アリエッタを、フォーニを忘れないでしょう。
その愚かしさのためではなく、憎しみでもなく、
ただ、その愛によって。


――彼らに、永遠の安息を与え給え――