フィリパ・ピアス 『トムは真夜中の庭で』 岩波少年文庫

トムは真夜中の庭で (岩波少年文庫 (041))
私の一番好きな小説を挙げろと言われたら、これを選ぶ。文庫名の通り本作の区分は児童文学。童話を卒業した子供が、漫画に流れなければおそらく踏み入れるはずの領域に存在するテクスト群である。存在はするが、漫画の方が読みやすいし手っ取り早く面白いのでたいていの子供から無視されるため、実際はせいぜい小学校の読書感想文用に取り上げられる程度という悲しいジャンルでもある。それはさておき。
ストーリーは一見ファンタジーなのだが、同時に推理小説のメソッドに則っている。つまり各所にちりばめられた些細に思える記述が、実は物語の秘密を解く鍵なのだ。何気ないように見えるセリフ、さりげない風景描写、そう言ったもの全ては最終的にぴたりと一つの筋に統合され、伏せられていた真実が明らかになる。しかし驚くべきことに、そのような綿密な構造を持ちながら、時のファンタジーとしての本作の娯楽性は少しも損なわれていない。
この小説の持つ真の素晴らしさはまさにそこである。なるほど綿密な論理構造を持った文章は素晴らしいだろう。しかし、それだけではけして魅力的な小説にはなれないのだ*1。大時計の打つ13回めの鐘はトムを、そして私たちを秘密の庭へ導く。古き良きビクトリア朝の鮮やかな、しかしどこか郷愁の漂う風景。その25時の世界の中ですら時間は去りゆき…。この物語はファンタジーであって、同時にファンタジーではない。ただ、読者をその魅力のとりこにしてしまうという意味では、間違いなく魔法のかかった本の一冊。
http://www.hico.jp/sakuhinn/4ta/tomu06.htm
↑松田司郎氏によるこの上ない書評

*1:同著者『サティン入り江のなぞ』はその事実をよく示している。つまりこの小説ではさらに徹底した推理小説の手法が取られ、全ての記述には輪をかけて無駄がなかったのだが、あいにく物語自体はあまり面白くない。