魅惑のタープ

風が吹くと大変

キャンプ用品の中には数多く必要不必要の判断が微妙なアイテムがあるが、その中でも特にツーリングライダーにとって存在性の微妙なアイテムがタープである。タープとは丈夫な防水布を数本のポールとロープで自立させるタイプの天幕で、キャンプサイトでの直射日光・雨露を防ぎ快適な生活空間を演出する、というのが売り文句となっている。山の天気は変わりやすい。日光はともかく雨が降ると食事するのも大変だ。前室のないテントや前室の小さいテントでキャンプを行うのなら、安心のためにもタープを一枚、という説明はたしかに合理的に聞こえる。
しかしながら、多くのツーリングライダーはわざわざ雨の中でテントを張ったりはしないのである。野外キャンプなどは天気の良い爽やかな日を選んでするものであって、今にも雨の降りそうな夕方に設営を開始するなどというのはバイクキャンプ素人か真性マゾのどちらかで間違いない。雨の危険があれば屋根のあるポイント、営業を終了した公営施設あたりの軒先を借りるか、さもなければおとなしくYH辺りに泊まる。これが正しいライダーキャンプの姿である。無駄に偉そうな発言だが、一度でもあの憂鬱な雨中撤収を味わったことがある人間には理解して貰えるだろう。
ところが「ではツーリングライダーにタープは不必要なのか」と問われた場合、はいそうですと答えられないのがタープ問題の微妙たる所以なのである。山の天気は変わりやすい。ああいい天気だとニコニコ設営を始めたら曇ってきた、などということは良くある。張ってしまったものは仕方ない(そこで撤収しようということにはならない。面倒だから)ので、どうにか食事の用意をして、眠たくなるまでの時間を潰さなければならない。狭いテントの中では寝るより他にすることもないし、小型ドームテントの中で食事をするなどというのはこれまたキャンプ素人か真性マゾの行動であるから、テントの外に雨露をしのげる場所は必要だ。雨が降り出さなくても、高地では夜露がしっとりと降りるのが当たり前。やはり屋根は欲しい。
「なくてもいいけど、ちょっとはあった方が…」的な存在をトムと言う。ツーリングライダーにとってのタープはまさにこのトムである。無くてもなんとでもなる。かさばるし、それなりに重いから持って行かない方が断然軽量コンパクトだ。しかしあればあったで、これはまた便利なアイテムである。実用性は言うまでもなく、意味もなく優雅な気分になれるから、通り雨など降った日にはタープ無しのキャンパーを高貴な憐れみの目で眺めそうになる。そう、タープには間違いなく何か独特の魔力があるのだ。あのびらびらした薄っぺらい屋根があるだけで、不思議とサイトには文化的気配が漂い、俺空間演出の自己陶酔と、ナワバリ的安心感が得られる。実用性を超越した誘惑。ああタープ。この魅惑のアイテムは、今日もまた私の心を騒がせて止まない。