O mihi proeteritos referat si Jupiter annos

「何だか・・・あーム・・・皆さんおっしゃったようですな、このわしのことを、今ね?」
 バッフルス老人はニコリとして、言った。
「何にも、何にも。ただね、あなたがその静かな眠りからいつ醒めるんだろうなんて話してただけですよ」
「ううん・・・あーム・・・たしか、たしかにわしのことを何とか言ってたようだが・・・」
「気にされることじゃあ何にもないんです。本当に、大丈夫ですよ」
「誰かが、子供がなくて、・・・あーム・・・気の毒だっていうようなことを言ったように思うけど。・・・だけどね、わしにはある・・・あるんだよ・・・」
 居合わしたものは、微笑っているだけで、それには何にも答えなかった。すると暫くして、チップスは弱々しいクスクス笑いを始めて言った。
「たしかに・・・・・・あーム・・・ある」
 となおも、楽しげにつづけた。「何千も・・・何千もね・・・それが皆、男の子ばかりでね・・・」
 すると、その何千人もの子供の大合唱が、これまで聞いたことのない壮大さと美しさと暖かい慰めとをもって大団円の諧調を歌いあげるのであった。・・・ペティファ、ポーレット、ポースン、ポッツ、プルマン、パーヴィス、ピム・ウィルソン、ラドレット、ラプスン、リード、リーパー、レディ第一・・・さあ皆んなわしの周囲に集まりたまえ、お別れの言葉と洒落をやってあげよう・・・ハーパー、ヘイズリット、ハッフィールド、ヘザリ・・・これがわしの最後の洒落さ・・・わかったかな? 可笑しかったかな?・・・ボーン、ボストン、ボヴィ、ブラッドフォード、ブラッドリ、ブラモール・アンダスン・・・君たち、今何処にいようと、何事があっても、この瞬間、皆わしのところに集まって来てくれたまえ・・・この最後の瞬間・・・わが子供たちよ。
 チップスはやがて眠りに沈んだ。
 あんまり安泰かに見えたので、お寝みと言うのも憚られた。が、翌朝、学校で朝食の鐘が鳴った時、ブルックフィールドは訃報を受けとった。
「ブルックフィールドは、彼の愛すべき人格を決して忘れることはないと思います」
 カートライト校長は全校生を前にした話の中でこう言った。が結局一切のことが忘れられてしまうからには、それも理に合わない話である。しかし、それはともかくとして、リンフォード少年だけは忘れないで、いつまでも話すことだろう。


「亡くなる前の晩だったな、ぼくは、チップスに、さようならって言ったんだよ」

チップス先生さようなら (新潮文庫)

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