普遍論争とブロントさん

 知性に根ざす個性は尊重されるべきであるが、感覚に根ざす個性はその限りではない。
犬と猫の間に違いはあれど、その違い故に尊重されなければならない理由はない。
個性が尊重されるのは、その存在が他の個性にとって議論と反省を与えうるからであって
ただそれとして存在するだけの個性は正の意味を持たなければ負の意味も持たないゆえに
少なくとも自然科学的な観察対象以上の価値を持つことはないだろう。
個性が絶対の価値を持つのは対話の舞台においてのみであり
他の状況においては慰みとしての見せ物程度の扱いは受けるかもしれないが
檻の中の奇妙な動物であることは人間存在に対する冒涜である。
個性は必要だとしても、普遍を理解しない個性は単なる自然であり
犬がワンと鳴くことに感動する人がいないのと同様に
鳴きすぎれば保健所に連れて行かれリアルでビリビリにされる。