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九時半の列車でミラノへ向かい、4番ホーム脇の壁にもたれて一時間半の乗り継ぎ待ち。スリ置き引きひったくりの多い駅である。旅行者は二人ペアで互いの背後をカバーするけれども一人旅だと壁が便利。人気のないあたりで壁にもたれていると何かとややこしいので人の多い場所を狙う。廻りに人影が少なくなったら面倒がらず移動する。
ジュネーブ行きのエウロシティに乗って一時間、マッジョーレ湖岸の街ヴェルバーニャへ。駅まで級友のマテオが迎えに来てくれた。湖の北はスイスなので国外ナンバーが多い。荷物を置いてオルタの街へ。ドイツの植民地のような状態になっている湖畔の街で、広場の桟橋からは修道院のある小島行きの船がでる。
ジェラート屋でメロン味のグラニータを購入、食べながら街を歩く。湖の畔の二メートルほどの小径が街をぐるりと囲んでいた。「ここは恋人たちの小道で普通はカップルが歩く。今日僕たちはホモ風」とマテオは語った。そんなのばかりだ。
あんまり暑いのでビールを一本と水を持って山の尾根へ。栓がしっかりしていなかったらしく、ビールのボトルをホルダーに乗せようとしたところフタがとれてしまい、零れると危ないからちょっと飲むと彼が言い、僕も念のためもう少し飲むと言い、おまえは飲み過ぎたからもうちょっと飲むと彼が言い、それは濡れ衣かつ不平等であると僕も飲むと言い、ビールは空になってしまって山の上では水しか飲めないことになった。
山の上にはさわやかな風が吹いていて、駐車場にはドイツ人が乗ってきた旧車というかエポックカーが二三台停まっている。彼らはいましもトランクを開けて10本ほどのプロセッコと大量のおつまみを取り出したところである。この世の理不尽に怒りがこみ上げる僕らはマセラティと思われる真っ赤な車の脇にフォルクスワーゲンを放置して丘へ向かう。丘の上ではマテオが取り出した怪しいたばこを吸う。「僕はインドやタイに行って本場物が味わいたいんだ」僕には何のことかわからない。きっとホモの話にちがいない。
駐車場に戻ってみるとエポックカーはさらに増えていて、10台以上は停車している。またマセラティの脇ではマテオのねずみ色のフォルクスワーゲンが無駄に個性を発揮している。気の毒なのは観客で、良い角度で車の写真を撮ろうとするとマテオのねずみ色が映る。すこしすっきりした。
夜はスイス側に移動してフィルムフェスティバルへ。日本人外交官?が自動車運転禁止区域を外交特権でうろうろしているシーンに出くわしたのは本当に腹立たしいというか恥ずかしいばかり。道路整理のボランティアのおじさんごめんなさい。ああいう老害はきっともうすぐ極楽にいらっしゃいますので。
怪しいたばこが売っていないことに大いに気落ちしていたマテオはハイネケンを5杯ほど飲むとすっかり元気になって今夜はあの女の子が可愛い、この子も可愛い、基本的にスイス人の女の子は可愛い、僕はスイスの方が好きだ、イタリアの女の子は難しい、世界で一番難しい、とかなんとか語り始めた。マテオはスーパーマリオみたいな顔しているくせに遊び人なのである。
ベロベロのスーパーマリオを車に乗せてイタリア方面へ。国境検問は酔っぱらいを通してくれるのだろうかと心配になっていたけれど、スイス側検問所の係員は全く仕事をする気がないらしく片手を振って行け行けと言う。イタリア側の検問所では係員は皆湖を見ながらたばこを吸っていた。まったく何の意味もない検問である。