落ちない酒場のアニメ話

14日は僕の誕生日だと言ったら友達一同が誕生会を開いてくれた。バラデンという小さな街までゾロゾロ出かけ、その街の名物であるビール酒場の二階を借り切って騒いだ。自家製のビールがspilatoreとかなんとか言う縦長のガラスのサーバーに入って出て来て、そこからみんな水みたいにガブガブ飲む。パスタ用の麦は昔から作っていても、飲み物としてはワインの方が歴史と知名度も含めて圧倒的に高いイタリア、意外とビールも人気がある。アルプスの向こうがビールの本場だけあって、選択肢が日本に比べて多いのも理由かもしれない。

選択肢が多いのも良し悪しで、普通のビールからおしっことしか思えない液体まであって、うっかりしているとえらいものを掴むハメになるのだけれど、それはともかく、酒場なので色々な人がいる。だいたい酔っぱらってるから関係ない人とも視線があった拍子で二言三言会話するのだけれど、そのうちの一人と攻殻機動隊SACの話題で盛り上がった。じきに彼の友達らしき男性も混じって話題は『キャプテン翼』(タイトルが全く違う、『オリエベンジ』とか言うから何かと思った*1)からどういうわけか『ジョジョの奇妙な冒険』に辿り着き、最後は酒場の前でゾロゾロとジョジョ立ち(っぽい何か)をして別れた。実に怪しい。


もはや誕生日とは何の関係もないのだけれど、この夜少し思ったのは、漫画に対する日本とイタリアのニュアンスの差である。少なくとも僕が知り合った限りでは、かなりのイタリア人青年が日本製漫画をそれなりのレベル(下手をすると日本人青年の平均以上)で知っている。『ドラゴンボール』『北斗の拳』は言うまでもなく、『ダイターン』だの『ザンボット』だの僕もよく知らないアニメを持ち出してくるから困る。かと思えば現在の漫画、それこそ『甲殻SAC』だの『フルメタルパニック』だのも結構チェックが入っているらしい。

傾向として、80〜90年代前後の日本のジャンプ系・ロボット系・スポーツ系アニメについて、イタリア人青年の間での認知度はかなり高いと言えそうだ。日本人が知っているアニメはだいたい知っているし、油断していると変なものを引っ張りだしてくることも多い。特に女性に多いのが『ハロースパンク』だの『カリメロ』への言及。うーん。一方、そんなにベタでいいのかなあと思うのが『キャンディ・キャンディ』のちょっとした人気だったりして、もうどちらが日本人かわからない。

さすがに現在放映中のアニメまでチェックを入れている人間は少数派のようだけれど、興味深いのは彼らだって別に後ろめたい趣味としてやっているワケではないらしい。例えば以前草サッカーの人数集めに連れ出された時に知り合ったある大学生は、仲間うちでファンサブのイタリア語翻訳をしているらしいのだけれど、彼は元気いっぱいのスポーツマンで、いわゆるオタクのイメージではなかった。そんな彼の口から「GONZOはどうだこうだ」「ふもっふは傑作」などという言葉が元気いっぱいに出てくると、どうにも面食らう。

本当に、この差は一体なんなのだろうと最近強く思う。彼らは間違いなく、日本の漫画やアニメを一つの楽しいメディアとして受け入れている。少なくとも、若い男性の間ではそうだと言い切れる(女性は男性ほどではないようだが、一昔前の少女漫画への愛はある)。一方日本に視点を移してみると、内心はともかく世間的には正反対ではなかろうか。最近では「ちょいオタ」とか、人を馬鹿にしたとしか思えないタームが飛び交うくらい、日本社会において漫画趣味は一種のタブー的存在らしい。

まじめな話、イタリア人は日本のことなど何にも知らない。冗談抜きで寿司と芸者の世界である。フジヤマさえ知らない。アメリカ人より酷い。遠い遠い国。けれどそんな彼らでさえ、日本の漫画をおそらく一般の日本人より知っている。そして、彼らはそれが日本の漫画だということも知っている。日本の漫画はそれほどまでに魅力ある一つの「世界」なのだと思う。それなのに、どうして日本ではこうなのだろう。実に不思議だ。本当に面白いのに。

案外、みんな山ほどあるおしっこビールにうんざりしてしてしまっているのかもしれない。それならそれできっちり評価する仕組みがいるだろうなあ、外注の仕組みとかも、あるいは法規制なんかも必要かもしれない、でも生命に直接関係する訳じゃないし、政府の規制なんてのは諸刃の剣も良いところだしなあ、やっぱり民間団体でやるしかないか、でも面倒くさいだろうなあ、だいたいお金がないしなどと思いながら酩酊していく夜だった。なおその後、文章と同じくらいグダグダの夜は僕の誕生日とは無関係に続き、雨が降ってきたので解散になった。

*1:Holly e Benji(イタリア語ではHは発音しないのでオリー・エ・ベンジとなる)の詳細はこちら http://lavender.fortunecity.com/ridleyford/117/