京アニ技術カタログ

アニメが大嫌いなアニメーターの友人とハルヒを見る*1。アニメの仕事が嫌で嫌で仕方ないものだからアニメを見ようとしない困った人である。OPのスカートの揺れ具合を見て「このテンポで揺らすことは普通しない」とかブツブツ始めたのを皮切りに13話の踏切のシーン、背景を走り去る自動車が無駄に右折する、とか、9話部室でお湯のみを真上から描いてる*2、とかそんなことばかりごちゃごちゃうるさい。結論として『ハルヒ』は京アニの技術カタログだ、という話らしい。

確かに例えば9話は素人の僕が見ても仕掛けだらけだし、あのOPが目に鮮やかなのは異論のないところだろう*3。12話のギターが大騒ぎになっていたのはもちろん、この手の話は枚挙に暇がない。考えてみればハルヒの物語自体は6話で終わってしまっているわけで、のこりの8話はおまけである。クールの半分以上をおまけにしてしまうという京アニの不埒ぶり。12話をいれたり9話をいれたりして本筋に絡めてみるものの、実際のところ『ハルヒ』の半分以上が彼らの技術ショウだったと言われたら否定できない。

「つまり、すごくあざとい。あざといが、おかげで奴らのとこには今申し込みが行列作っとる。オファーを選べる立場にあるというのはアニメの健全な製作ビジネスモデルとしては実に正しいことやろな」。と、彼は少々悔しそうに言い捨てて、じゃっ、と帰っていきました。がんばれアニメ嫌いアニメーター。ロシアの粘土細工ばかりがアニメじゃないぞ。

*1:ローゼンメイデンなど見るだけで鳥肌が立つらしい。よく訊いたら薔薇水晶を描かされて酷い目に遭ったらしい。

*2:素直に斜め横から描けばいいのにわざわざ真上から描いて、しかも初出で湯飲みと分からせるというのは作画力が高いわけで、嫌味らしい。

*3:OPといえば傑作の名高い『ふもっふ』のそれは主人公二人の周りをカメラがぐるっと回るという贅沢なシーンをおごっていた。あれはあれで京アニの技術力が爆発していた作品である。案外京アニの本質はそんなところにあるのかも知れない。