平行世界の憂鬱/共観福音書の中心

優太くん、変わらない想いって、どんな想い? わたしたちはまだ、『好き』の練習をしてるような段階なんだよ。もしかしたら明日にも、『本当の好き』になれる相手が現れるかもしれない。それが絶対無いなんて言えるほど、わたし達は『好き』って気持ちを知らないよね。ねえ、優太くん。わたし達は、60年先まで持ってくその想いが、どんなものかも、まだ知らないんだよ。

ねえ、それでも、探すの? ずっと変わらない、想い。あるかどうかもわからない、もしあったとしても、わたしとの間には無いかもしれない。それでも、わたしと一緒に、探すの? わたしは、探したい。優太くんと、探したいんだ。

いつもいつもそれっぽく始まってそれなりに盛り上がって最後しっかりダメになる愛すべきブランド・PULLTOPの微妙な迷作――『とらかぷっ!』夏葉ルートにおける警句。ある意味とらかぷっはこのセリフと共通ルート桜姫のツンデレならぬツンズレのみに存在意義があると言っても過言ではない。ツンズレが何かというのはともかく*1、夏葉とはとらかぷヒロイン三人衆のうちにあって突き抜けたキャラクターで、彼女にかかれば他の全てのキャラクターは主人公を含め掌の上で転がされているに等しい。なにせ存在のアイデンティティ自体がメタくさいのである。

引用の文章は作中における所謂クライマックスの一つで、ぱっと見たところ単なる青臭い青春ドラマの一ページという気配、別にどうという事はない。ただし、本作がパラレルな三つのシナリオ+総括的最終シナリオで構成されていて、かつ彼女、すなわち夏葉というキャラクターは本質的にサブヒロインであるという要件を加えると、この一幕は強烈な皮肉の一ページに様変わりする。言い換えるなら、彼女は自分がサブヒロインであることをどういう訳か理解していて、今回自分が選ばれたのは多かれ少なかれ確率的なものに過ぎず、つまるところ自分は本物語上の些細な分岐に過ぎないのだ、と叫んでいる。

これは極めて切実な主張だと思う。著者がわかってやっているのかどうかはともかく、自ら拠っているところの俯瞰的収束型平行世界システム*2に対する痛烈な当てこすりであると言ってもよい。彼女はどう足掻いてもヒロインではないのである。どれ程神に近い無茶な力を持とうとも、物語という運命の中では交換可能な要素に過ぎない。彼女は物語の果てに辿り着くためのスイッチの一つではあっても、それ自体不可欠な物語要素とはなれない。たとえ物語の収束を否定し、彼女の物語だけをユニークであるとする読者がいたとしても、それはそのまま選好の問題、“そうでない可能性”の肯定となる。

僕はここに、パラレル世界を物語上で意識的に肯定することの残酷さを見る。それはどう転ぼうとも、パラレルな世界のそれぞれ自体には必然性がないという事実を明らかにしてしまう。無限の可能性と言えば聞こえは良くても、それは同時に無限の不確定性であって、どんなことが起ころうと偶然以上の意味はないことを意味する。言い換えるならこの世界が猿の叩いたタイプライターで紡がれていたとしても誰もそれを否定できないし、自分にとっての世界の価値が他の誰かにとってねずみのおなら程度の価値しかないこと、あるいはその逆の可能性も当然是とされる。そんなことならば僕はむしろ、絶対的に意図された単一の運命の肯定を選択したい。

僕は俯瞰的視点を得た読者として、引用における彼女の叫びが裏切られることを知っている。同様、彼女の不幸は世界の可能性が単一でないことに感づいてしまったこと、そしてそれが否定されなかったことに他ならない。彼女の求めた“本当”は与えられなかった。むしろ存在さえしなかった! 仮想恋愛劇場として生み出された舞台の上で、ただそのために役柄を与えられたキャラクターであるにも関わらず。彼女は、存在しない“本当”のために、それが存在しないことを薄々知りながら役割を無限の回数演じ続ける。こんなことならば、まだその役割自体が否定された方がましではないか。願われているのは居並ぶ無限の可能性などではなく、むしろたった一個の“本当”なのだ。

並列の物語の存在自体を僕は否定しようとは思わない。どころか、それはおたく文化の至宝ADVが大成した奇跡的な叙述手法だと思う(革命的だと言って良いかはちょっとわからない。既に聖書内に、四福音書という形でそれは存在する!)。ただし、それが扱う物語は、極めて繊細なバランスの上に存在することになるのだということ、言い換えるならそれはとても危険――物語的にも、あるいは思想的にも――な手法であること、だからこそそれは常に“真実”の周辺をさ迷うことになり、見事に紡がれたそれは、有り得ないほどの美しさを持って読者に迫り得るのだということは、もう少し認識されても良いのではないかと思う。


まあ物語の根源がキン◎マだったりする(本当)ゲームなのであまり真面目に考えてはいけないのかもしれない。実際、上記のクライマックスの後はいきなり組んずほぐれつの3Pに突入するのだ。かなり感動していた僕の激情をどこに振り下ろせと言うのか。プルトップ、本当にダメな集団である…

*1:参照:http://d.hatena.ne.jp/hajic/20060822/p3

*2:読者を平行世界の観測者に祭り上げる仕組み。作品世界外存在としての読者の存在を作品内で肯定することで、一種の神的位置を読者に意識的に与える。読者は気分が良い。EVER17他多数