秋の花

秋の花 (創元推理文庫)
推理小説(あるいはその形式を採った作品)の利点は色々あるのだろうけれど、個人的には作中でのターゲットの心の動きを分析することが、巡りめぐって読者自身の心を分析することを可能にする点が面白い。また、本について語ることはつまり自分について語ることだ、とは作中で主人公が語るセリフだけれど、ならば「語るに足る推理小説」は二重の自己分析を可能にするのではないだろうか。一度は物語が与えるメソッドで。そしてもう一度、今度は自分のやり方で。
本作の種明かしはまことに可愛いもので、それに割かれるページ数からもわかる通り、それ自体に重点はほとんど置かれていない(ように見える)し、悪く言えば実際、それほど面白くもない(ように思える)。ただし曖昧模糊とした状況で主人公が語る「稲穂の蔭」のような数々のヒントが、読者を事件の真相にではなく、それをどのように受け止めるのかという「意味づけ」にこそ導くように、結局のところ、この物語は自分自身に対する推理小説なのである。
見えざる手。真理子という示唆的な名を持つ、既に止まった時間を核に、利恵、私、そして読者はそれぞれ「彼女」の心を読み解こうと試み、やがて「自分」の位置に思いを馳せる。あるものは倒れ、あるものは絶望し、あるものは迷い続けるその途上に、彼女の残した「きっと」という言葉。それは運命、その意味へと向き合う人の希望であり、なによりも祈りなのである。最終項、母のまぎれもない鎮魂のことばが、本作の本質を物語る。

永遠の安息を彼らに。絶えざる光を、かれらの上に。