よく考えて見れば、彼に持って行かれたもののほとんどは帰ってきていない。まず小説、『トムは真夜中の庭で』は自分がいちばん好きな少年文学で、これ以上ないくらいに素敵な時のロマンスなのだけれど、ぜひ読みなさいと彼に薦めた結果我が家の本棚から姿を消した。いまさら説明の必要もない『指輪物語』全巻は例の映画封切り前に接収されたままで、話を聞く限りどうやら読んでいる気配すらない。サスペンス好きの彼のためにとわざわざ推した『薔薇の名前』にいたっては「内容を要約して教えてよ」と愉快なメールをよこしてくれた。すぐに帰ってきたものと言えば大久保町シリーズくらいのもので、「馬鹿馬鹿しくて読む気にならない」というコメント付きだったがあれはもしかするとそんな本を読んでいる自分への中傷だったのかしら。

 カシオの小型ノートパソコンも長く見ていない。大学への持ち運び用にと買ったものの、持ち運んでまでキーを叩かなければならない程にノルマやアイデアが溢れているわけでもなく、もっぱらメール受信専用端末となっていたのに目を付けた彼に持ち去られてしまったのが一昨年の年末だから、きっかり一年以上は出向してることになる。日に日に冷却ファンの音が大きくなるデスクトップを、メール受信のためだけに起動させておくのはいろいろとストレスなので、早く返して欲しい。そう告げるたびに彼は「もうじきパソコン買うから」と返事をしてくれるけれど、半年近く同じことを言い続けてるところから察するに、返すつもりも買うつもりもないようだ。