アイドルマスターの裏表

アイドルマスター Xbox 360 プラチナコレクション

アイドルマスター Xbox 360 プラチナコレクション

概要
アイドルマスターは一見、音ゲーの流れを汲む単純なギャルゲーに見えるし、その実純粋な音ゲーとしても魅力的な素材だ。が、少し視点を変え、ノベルゲームの系譜に連なるものとして読んでみても、多くの発見や喜びをそこから見いだすことができる。それはアイドルという軸の周囲に展開する、様々な動機と目的を持った少女たちの群像であり、「目的」と「手段」という鮮やかな裏表を持つ共通項の存在の故に、この群像劇は優れた物語としても完成されている。


アイドルマスター』のヒロインたちに人気がある理由の一つには、彼女たち一人一人が明白に目的を持っていることが挙げられて良い。例えば春香であれば「歌が好き、たくさんの人に歌を聴いて貰いたい」、やよいであれば「家計の足しになるように、自分も働きたい」、あずさであれば「運命の人に出会いたい」等々。それぞれに魅力的なバックグラウンドであり、個別に応援したくなる動機だが、ことに興味深く、このゲームの真の姿を匂わせるのは千早、美希、そして春香のそれだろう。

千早はストイックな少女である。歌以外の人生を持たず、「歌が好き、歌の世界で上を目指したい」という、一見春香のそれに通じる目的で動いているように見えた。しかし、彼女の本心は全く別のところにあることが物語中に明かされる。手段が目的に見事にすり替わっているその様は、いつか僕らが『シンフォニック=レイン』で見た誰かに似て、読者に大きな衝撃と、彼女が序盤で振りまいた幼稚さ、そしてかいま見せる15歳の素顔に説得力を与える。彼女は不健康なのだ。*1

一方美希は当初全く何に対してもモチベーションを持たぬキャラクターであり、その意味でアイドルマスターのヒロインとしては存在自体が異色だ。が、ある事件を切っ掛けに性格を一転させ、ヒロイン中のヒロインであることを見事に証明する。目的が豪快だ——「全てを手に入れる」。彼女に与えられた才能と造形には、思わずそんな目的もありかなと思わせるくらいのインパクトが確かに存在する。だが彼女の変化は、ある意味で彼女を不安定にもした。*2

翻って、春香のそれに戻りたい。彼女の目的がひどく抽象的であることは否定できず、それが彼女に当初与えられた呼称「没個性」の理由の一つとなる。もちろん、彼女本人としては、歌えさえすればそれで良いわけではない。こっそり言いたいこともあれば、誰かに告げたい想いもある。それでも彼女の本質は「アイドル」にあるのだと、彼女のユニークで、ひどく残酷なTRUE ENDは告げる。

そして、それこそが「彼女は(良くも悪くも)アイドルなのだ」というシナリオチームの思惑に違いない。事実、いまやニコマスで最も様々な歌声を従える少女は春香ではあるが、彼女自身の歌声が聞こえてくることは少ない。その意味で彼女は歌の偶像なのである。アイドルという言葉に対する皮肉さえ感じるこの事実は、だからこそ春香への強い思い入れを持つ、多くのファンを生み出したのだろう。*3


目的と手段は別のものながら、人間は時としてそれらを混同する。このゲームをプレイすること自体、その要素を強く持つ。すなわち、頂点を目指すためにゲームに力を入れすぎるとストーリーは進まない。一方、ストーリーを追うためには、頂点に向けて苛烈なゲームを進めなければならない。二者のバランス加減は絶妙であり、本作がノベルゲームと恋愛シムのハイブリッドとして打ち立てた記録は賞賛すべきものだ。もちろん、動機と目的の間に揺れる少女たちの物語という意味でも、本作は良質な世界を提供してくれている。そして、果たして春香を最後までプロデュースすることが正しいのかどうか、そこに僕らがどのような意味を与えるか、という作品の核心的な問いは最後まで残る。
一言で、傑作である。

*1:興味深いことに、千早のテーマソング『蒼い鳥』は、「自由と孤独、二つの翼で飛ぶ」と歌う。

*2:最もギャルゲーヒロイン的な文脈に沿ったヒロインとなる。結末に至ってはエロゲである。

*3:それでも彼女は、「ありがとうございました」と告げる。無視できない事実として。