いちおう後始末

もちろん昨日の記事はエイプリルフールの嘘です。シンフォニック=レインのアニメ化。まあ、やろうと思えば簡単にできるのでしょうが、難しくしようと思えばいくらでも難しい、というより現状ではちょっと不可能です。だってあの世界で起こった何もかもを踏まえた上で初めて、しみじみと「それぞれに幸せがあるの」ということばの意味を噛みしめられるということは、おそらく意見の一致するところでしょう。

トルタの告白だって、実際あれだけでは何のインパクトもない。ただ、あそこに辿り着くまでに本当に色々ありました。本当にいろいろと――それだって、事実だけ切り出してしまえば、実は全然たいしたことはないのですが――そんなことがあれこれ心にどっと押し寄せて、たったこれっぽっちの言葉にありったけの意味を与える。まさにADVというメディアであの作品が提供されたことの奇跡であって、ADV以外ではありえない理由です。

アニメ化はまあ、期待せずに期待しながら、のんびりと待ちたいもの。まかり間違えばどこかの天才が、うっかり凄い構成を思いついてしまうかもしれません。それはそれでよし、きっと素晴らしいことでしょう。そうでなくても、少なくとも今以下にはならないわけで。ああ、でも動くトルタの声を聞きたいなあ。動くファルさんも見てみたい。動くアーシノにはきっとファンになってしまうはず。ああ誰か。