川釣り始末

釣りに行こうと誘われたので小学生時分フナ釣りに愛用したmy竿を持って出発する。といっても私の釣り人生はせいぜい河原でフナを釣ろうとしてブルーギルを釣ったり、池でコイを釣ろうとしてブルーギルを釣ったりしたほかは三宮の堤防で小アジのさびきをした(もう、やけくそにかかる)程度であるのでもちろん今回の釣りのお誘いもたいしたものではない。つまりフライフィッシングといったようなおしゃれでかっこいい今ふうのアウトドアアクティビティなんかでないことは言うまでもなく、そこらの釣具屋さんでミミズを買ってカワムツでも釣ろうという話なのであった。
カワムツというのはちょっと水の綺麗な川ならどこにでもいる小さな魚で、特に引きが良いわけでも模様が綺麗なわけでもなく、塩焼きにする以外はせいぜい佃煮にするくらいしか調理のしようがないという実に退屈極まりない淡水魚である。そんなものをこの暑いさ中わざわざ釣りに行こうと誘ってくる方も誘ってくる方なのだが、ついて行ってしまった私も私でたいがいおめでたいのだった。つまり釣具屋さんは片っ端からお盆でお休み、やっと一軒見つけた店では「ミミズは売り切れ」と言われる状況では、河原の石をひっくり返してはカワムシを探すほかなく、さらに探しても探してもなぜかヤゴ*1しか見つからないのである。
さてこのグロテスクな外見をした比較的大きな川の虫は大きすぎてカワムツの口には余るらしいのだった。結果彼らはヤゴを端からつついて食べることになり、肝心の針は一向に飲み込もうとはしなかったのである。こうして私が散々苦労して集めたヤゴは次々とカワムツの胃袋に収まり、そのたび友人によってバケツのヤゴが消費され続け、ついに弾薬尽きた彼が針だけを水中に投げ込んでぐいぐい引き回すという愚挙に出るに至ったあたりで、私は名誉ある撤収を決行したのであった。が友人はその後も暫くぐいぐいを続けていたので放って帰ろうかと思った。

*1:ヤゴはトンボの幼虫なのだが幼生とは違う。なぜなら幼生とは後生動物で卵から孵化し独立生活をするまでになった子が親と違う形をしている時の呼び名で、その幼生はこのあと変態を経て成体になるのであり、例えばおたまじゃくしはカエルの幼生なのだが昆虫のそれは幼生ではなく幼虫と言うのであるが、言いたいことはつまり広辞苑は後生動物うんぬんはいいから最初からその例を挙げてくれたらいいのである。