遠い夏、誰もいない道へ

いつも現実逃避のためだけに旅行していると思われるのも悔しいので、最近発見したもう一つの利点をここぞとばかり発表することにする。旅行に行くとやたらと生活リズムが正しくなるのだ。朝は5時過ぎに目覚め、夜の9時過ぎには寝てしまう。三食きっちり食べるしほぼ毎日温泉につかるので体もすっきりし、健康的。手持ちぶさたに間食することがないから、みるみる痩せる。さらに言えば本もPCも見ないので視力まで回復してしまうのである。具体的には普段0.1程度の裸眼視力が、数週間の旅を終えると1.5程度まで向上しているようだ。これは実際凄いことではなかろうか。旅行療法とでも名付けたい。あいにく日常生活に戻ると視力もたちまち元通りなのが欠点だが。


何を喜んで暑い盛りにバイクで旅行に行くんだ、とよく言われる。自動車と違うからクーラーも効かないし、屋根もないからカンカン照りがストレートに直撃。風を切って走るから爽やか…うんぬんも夏の道路ではあまり当てにならない。どちらかというと生ぬるい湿気を帯びた空気の中をかき分けて進むような気分だ。日焼けした半袖シャツの首回りが熱を持って痛い。夜は夜でテントを張ったりするから、熱帯夜なんかだともうどうしようもない。うっかり顔を出して寝たりした日にはテント中蚊だらけになって体中刺されまくり。けっこうマゾなところがある。最悪なのは雨降りで、明日はどこへ行こうかしら、と地図を開けるくらいしかやることがない。
こんなの人に薦めようなんて間違えても思わないけれど、理由を答えるなら、私はたぶんもうどうしようもなく夏が好きなのだ。栗木京子が『夏のうしろ』で歌っている、夕立上がりのアスファルトの引力、それの同類に骨の髄まで囚われているらしい。むっとする空気と青い空、シャツと素肌と生々しい生気。街中では少々鼻につく夏の匂いも、人家を少し離れれば堪らない。一種のマタタビ効果に惹かれて走り出す。気が付いたら誰もいない暑い暑い1.5車線路にいて、日差しと緑と蝉時雨の中に時間を忘れる。でも大丈夫、まもなく訪れる強烈な立ちくらみで、きっちり現実に立ち戻れるのだ。そしたら近くのお宮の森で休むのもいいし、気が向けばそのままテントを張ってもいい。フットワークが自慢のバイクだ。

さて、今年はどこに行こう。